大谷、1072日ぶり勝った!“神様”ベーブ・ルース以来、100年の時を超え本塁打トップが先発登板

[ 2021年4月28日 02:30 ]

ア・リーグ   エンゼルス9―4レンジャーズ ( 2021年4月26日    アーリントン )

<レンジャーズ・エンゼルス>5回、三振を奪い雄叫びを上げる大谷(共同)
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 エンゼルスの大谷翔平投手(26)が26日(日本時間27日)、レンジャーズ戦に「2番・投手」で出場し、5回4失点9奪三振で18年5月20日以来1072日ぶりの白星を手にした。2安打2打点で自らを援護し、18年10月の右肘じん帯再建手術(通称トミー・ジョン手術)からの復活勝利。メジャートップの本塁打をマークしている選手の先発登板は1921年のベーブ・ルース以来100年ぶりの快挙となった。

 運命に導かれるように、野球の神様の姿を再現した。100年前、ベーブ・ルースは勝ち投手で2本塁打を放った。その伝説を米国民も大谷に重ねた。

 「うれしいはうれしいですね、やっぱり。そういう選手を引き合いに出してもらえるのは凄いこと」。本塁打トップの選手の先発登板は1921年のルース以来。歴史的な一ページを1072日ぶりの白星で飾った。当時のルースと同じ26歳。大谷は5回4失点で2安打、ルースも5回0/3を4失点で2安打と結果まで似ていた。

 初回裏、左膝などに土をつけてマウンドに上がった。表の攻撃で本塁に滑り込んだためだ。3四死球と荒れ、4番ローに逆転3ランを被弾するなど4点を失った。それでも立ち直ることができた。2回に自身の右翼線2点二塁打などで追いつき「同点になって振り出しに戻って、気持ちを切り替えることができた」と二刀流らしく自らを援護したからだ。

 2回以降は無四球。自己最長タイの5者連続三振を含む毎回の9三振を奪った。規定投球回未満ながら奪三振率15・15はリーグトップ。さえたのがスプリットだった。90マイル(約145キロ)前後の高速で落差も大きい。3回にギャロとJ・ガルシアから奪った空振り三振は本塁手前でバウンドしていた。この日最速99・3マイル(約160キロ)だった直球と同じく真上から腕を振るため、見分けがつかない。7三振を奪った宝刀を、中堅から見たトラウトも「2ストライクからのスプリットを打つのは本当に難しいだろう」と舌を巻いた。

 トミー・ジョン手術を受けたのは18年10月。セカンドオピニオンの中には「手術の必要なし」との診断もあった。それでも「100%のものが出せるのであればやらない方がいい。でも、そうではないと思った」と速球派の理想を追い求めた。「速球派としてケガするのは覚悟している」とも言う。その覚悟は報われ、3年ぶりの白星に「リハビリも長かった。気持ちを切らすことなくやってこられた」と感傷に浸った。日米通算100試合登板の節目でもあった。

 「プレッシャーはある」と言う投打同時出場。DH枠がなくなるため、その責任を背負う。だから、右手中指の新たなマメでの5回降板が悔しくてたまらない。勝利の瞬間、グラウンドにいなかった現代のルースは「(ベンチ)裏でトレーニングしていた」と次戦の準備を進めていた。(アーリントン・笹田幸嗣通信員)

 《本家は3番・投手で2発3打点》1921年のベーブ・ルース(ヤンキース)はメジャートップの19本塁打をマークしていた6月13日のタイガース戦に「3番・投手」で出場。2本塁打を放って3打点を挙げ、投げては5回0/3を5安打4失点で勝利投手に。6回途中からは中堅の守備に回る「三刀流」の活躍ぶりで、13―8の勝利に貢献した。当時のルースは20年にレッドソックスからヤ軍に移籍後は「二刀流」より打者に力を入れ、マウンドに立つことはほぼなかった。

 ◇ベーブ・ルース 1895年2月6日生まれ、米メリーランド州ボルティモア出身。1914年にレッドソックスと投手として契約。外野手としてもプレーを始めた18年に初の本塁打王。20年にヤンキースへ移籍後はほぼ野手に専念。27年に放ったシーズン60本塁打は、30年以上破られない大リーグ記録だった。ブレーブスに移籍した35年限りで引退。48年8月に53歳で死去。本塁打王12回、打点王6回、首位打者1回。通算714本塁打は歴代3位。左投げ左打ち。 

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