岩手・高田高 学校の象徴、阿久悠さん碑が新校舎に戻ってきた――受け継がれる「一イニングの貸し」
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「きみたちは甲子園に一イニングの貸しがある」――。東日本大震災の大津波で壊滅的な被害を受けた岩手県立高田高校にあの石碑が戻ってきた。同校は1988年夏の甲子園に出場。作詞家の故阿久悠氏が本紙に28年間にわたって連載した「甲子園の詩(うた)」にも取り上げられ、その際の詩の一節を刻んだ石碑だ。大船渡市内の仮校舎跡地に置かれていたが、このほど新校舎に移設され、復活を遂げた。(写真部長・高橋 雄二)
大津波が襲ったことがうそのように穏やかな広田湾からの海風が、小高い高田高校グラウンドに潮の香りを運ぶ。ナインの掛け声は、今も復興に向けた工事が続く重機の音さえもかき消していた。
東日本大震災で全壊した校舎の前に、ほぼ無傷で残されていた横1・2メートル、高さ80センチ、厚さ23センチ、重さ約800キロの石碑。美しく磨かれた高田高校のシンボルがよみがえった。
1988年夏の甲子園。初出場した高田高校は滝川二(兵庫)に3―9で敗れた。8回降雨コールド。残り1イニングを戦うことなく甲子園を去った高田高校に阿久氏は本紙連載「甲子園の詩」で「きみたちは甲子園に一イニングの貸しがある」と書いた。
母校を95年から指導する伊藤新(あらた)コーチ=同校職員=は振り返る。「瓦礫(がれき)の撤去が進むにつれ、石碑が目に入ってきた。我々には奇跡の一本松よりも奇跡の出来事だった」。校舎には街中から流れ着いた車や木材が突き刺さり、体育館も土台から50メートル以上も動かされた。それなのに石碑だけは無事だった。震災の翌年、校舎の解体工事に合わせ大船渡市の仮校舎に移し、学校創立90周年に合わせ、このほど移設工事が完了した。
甲子園出場時、2年生部員としてアルプス席から声援を送った伊藤コーチは「この石碑の前を通るたび、先輩たちが残してきた1イニングの貸しを取り返しに甲子園に行かなければと思っていた」と言う。その詩に心打たれて入部し、今夏の代替大会で25年ぶりの4強に導いたエース右腕の佐藤真尋(3年)は「石碑が再建されて感動している。自分たちも1イニングの貸しを返してもらえなかったが、後輩たちにぜひ頑張ってもらいたい」と託した。
グラウンドを失い、練習や試合のため、毎週のように遠征を強いられたチームだが、練習環境も整ってきた。コロナ禍の中、新チームは地区予選を勝ち抜き、秋季岩手大会に駒を進めた。甲子園は一歩一歩、近づいている。コロナ禍の特別な夏を戦い抜き、特別な秋に臨んでいる。
阿久氏は高田高校を取り上げた本紙連載を「人が生きるのは常に全天候対応ということで、悪意がなくても、有利不利はつきまとうものなのである」と締めくくった。
あと半年あまりで震災から10年。「不利」という言葉では片付けられない過酷な試練があった。復興は道半ばだ。30年以上にわたって受け継がれる「一イニングの貸し」もある。かつての日々を、そして「貸し」を取り返すための戦いを、石碑は無言で見てくれている。
≪9回を残し…56年ぶりの降雨コールド≫阿久悠氏は1979年から06年まで28年間にわたり、夏の甲子園大会期間中「甲子園の詩」と題した詩を本紙に掲載していた。88年の高田―滝川二戦も取り上げられ、石碑にはそのときの詩が刻まれている。8回裏の滝川二の攻撃中に雨が激しくなり、11分間の中断の末、降雨コールド。これは32年1回戦の早実―秋田中戦以来、56年ぶりの出来事だった。阿久氏は「コールドゲーム」というタイトルで詩にし「高田高校ナインは甲子園に一イニングの貸しがある」と9回まで戦うことができなかった無念を記した。
【震災からの高田高校】
▼11年3月11日 東日本大震災発生。陸前高田市は15メートル近い津波が襲い、市の8割が浸水。海から約1キロ離れた校舎も全壊
▼4月下旬 野球部が活動再開。
▼5月2日 隣接する大船渡市の旧大船渡農校舎を使用して、新学期を開始。
▼同12日 春季岩手県大会沿岸南地区予選の初戦に臨み、釜石に延長10回の末惜敗。
▼7月16日 岩手大会初戦で盛岡工に逆転負け。震災後初の夏の大会が終わる
▼9月4日 秋季岩手県大会沿岸南地区予選で釜石商工を下し、震災後公式戦初勝利。
▼12年9月15日 新校舎着工式。
▼13年3月31日 佐々木明志監督が異動。前年に赴任した伊藤貴樹部長が後任。
▼7月10日 夏の岩手大会1回戦で盛岡中央に逆転勝利。震災後夏1勝。
▼15年3月19日 新校舎完成。旧校舎裏の高台に再建
▼18年3月31日 伊藤貴樹監督、奥村珠久子部長が異動。後任に佐々木雄洋監督。
▼19年2月 野球部専用グラウンドの整備が完了。
▼20年7月23日 夏の岩手県大会準決勝で一関学院に延長13回タイブレークの末敗退するも、25年ぶりの4強。
▼8月24日 大船渡市内で保管していた石碑が新校舎に戻る。
《思い出させてくれた心のつながり》
【取材後記】コロナ禍のさなか、取材を承諾していただいた高田高校には深く感謝したい。2011年4月17日、連載取材のため初めて陸前高田市に足を踏み入れた私たちにとって今回の石碑の再建は、被災地の今を伝える大切な節目だった。最小限の人数で、学校職員や野球部員と対面取材をしないことを約束し、人との接触の少ない写真部の私が行くことになった。
にもかかわらず学校幹部や職員の皆さんは「ケガをしないように取材してください」「東京は大変ですね。お体大切に」と声を掛けてくれた。野球部OBで石材店勤務の遠藤博幸さんからは「熱中症にならないように」とクーラーボックスのペットボトルを渡された。
震災直後の混乱の中、この地の人たちは自分の家が流されているのに我々の食事や宿泊先の心配をしてくれた。被災地の今はコロナ禍に失いつつある人と人との心のつながりも思い出させてくれた。
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