【74年センバツ第46回大会】池田伝説序章――“さわやかイレブン”春の進撃

[ 2020年3月28日 10:00 ]

センバツあの日の記憶~高校野球ファンに贈る~

1974年、準優勝を飾った池田・蔦監督(左)と11人の選手たち
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 わずか11人の快進撃が、甲子園に爽快な春風を吹かせた。74年3月28日。大会初日に登場した池田(徳島)は函館有斗(北海道、現函館大有斗)に4―2で競り勝った。それが“さわやかイレブン”の船出だった。

 試合は、序盤から小刻みに得点。1メートル62の小さな1番・雲本のホームスチールなど、相手の隙を突くそつのない野球だった。ポーカーフェースのエース山本も力投。同年の夏から金属バットが導入されたため、本格的な木製バット使用での大会はこの大会が最後だった。後に金属バットの特性を最大限に生かした“やまびこ打線”で一世を風靡(ふうび)する池田が、金属バットの導入直前の大会で見せたスモール野球だった。

 初戦で勢いに乗った池田は接戦を次々にものにし、決勝で報徳学園(兵庫)に敗れたものの準優勝。当時のベンチ入り14人にも満たない少数部員の進撃は喝采を浴びた。「厳しくし過ぎたからみんなやめて11人になっただけじゃ」。名将・蔦文也監督は笑ってそう話したが、この後、山あいの公立校は甲子園で数々の伝説を残している。

 ☆第46回大会(74年) 「ビッグ3」と呼ばれた大型投手の永川英植(横浜)、工藤一彦(土浦日大)、土屋正勝(銚子商)が注目された。土浦日大は初戦で新居浜商に勝ち46都道府県目のセンバツ勝利を挙げたが、8強まで進出できたのは巨人で活躍した篠塚もいた銚子商だけだった。決勝では報徳学園が池田を3―1で破り初優勝。学校が甲子園からわずか5キロしか離れておらず「最短距離優勝」と言われた。

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