近藤昭仁氏死去 大洋の内野手として活躍 ロッテ監督時に「七夕の悲劇」

[ 2019年3月27日 16:58 ]

近藤昭仁氏
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 プロ野球、大洋(現DeNA)の内野手として活躍し、ロッテ、横浜、巨人などで監督やコーチを務めた野球解説者の近藤昭仁氏が27日午前1時23分、敗血症性ショックのため川崎市内の病院で亡くなったことが分かった。80歳だった。高松市出身。

 近藤氏は1960年に早大から大洋に入団。ルーキーイヤーの5月に二塁手に定着すると、終盤戦には1番打者として活躍し、球団創設以来初となる優勝に貢献した。その後もレギュラー二塁手として活躍し、球宴に2回出場。1973年に選手兼任コーチとなり、同年限りで現役を引退した。

 引退後は74年から78年まで大洋、79年から81年までヤクルト、82年から86年まで西武のコーチを、89年から91年まで巨人のヘッドコーチを歴任。93年から3年間は、大洋の後身にあたる横浜、97、98年にはロッテの監督を務めた。また、06年に15年ぶりに巨人のヘッドコーチに就任。翌年には統括ディレクターとしてフロント業務を務め、育成枠登録などを助言した。

 ロッテ監督時代の98年には、6月13日のオリックス戦での逆転負けを皮切りに連敗街道へ。7月7日のオリックス戦で先発エースの黒木が力投し、トンネル脱出まであと1死まで迫りながら、同点本塁打を被弾。最後は3番手の近藤がサヨナラ満塁弾を浴びてプロ野球史上初の17連敗。同試合は「七夕の悲劇」として語り継がれた。

 通夜は31日午後6時、葬儀・告別式は4月1日正午からいずれも横浜市鶴見区鶴見2-1-1の総持寺・三松閣。喪主は妻の由紀子さん。献花や葬儀についての問い合わせは公益社=(電)03(5491)3070=まで。

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