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【コラム】海外通信員

超攻撃的サッカーを信奉するパコ・へメス 次期スペイン代表監督の声も

[ 2015年12月24日 05:30 ]

<ラージョ2―10Rマドリード>2人が退場するまでは2―1でリードしていたラージョ
Photo By AP

 12月20日に行われたリーガエスパニョーラ第16節、サンティアゴ・ベルナベウでのレアル・マドリード対ラージョ・バジェカーノは10-2という豪快なスコアで終わった。レアルがリーガで10点を記録したのは、1959~60シーズンのエルチェ戦(11-2)以来のこと。だがラージョに2人の退場者が出て9人となった後、大味な内容になることは目に見えていた。いや、超攻撃的サッカーを信奉するラージョ指揮官パコ・ヘメスにとっては、1失点で負けようが、10失点で負けようが同じことなのである。

 この一戦を純粋に試合として捉えれば、ティトが退場してラージョが10人となった15分までしか続かなかった。そして、その間にラージョが披露したパフォーマンスは、レアルが後に上演したゴールショーよりも功績として優れている。3分という早い時間帯にダニーロに先制点を決められたラージョだったが、ガレス・ベイル、カリム・ベンゼマ、クリスティアーノ・ロナウドというレアル自慢の3トップ“BBC”の存在に怯えることなく、最終ラインをハーフウェーライン近くまで上げるパスサッカーを披露。ボランチを本職とするホサベをトップ下で起用してトニ・クロースの動きを封じるなど戦術的なツボも突き、10分にアントニオ・アマジャ、12分にホサベと立て続けに得点を記録して一時スコアをひっくり返した。

 だからこそ、15分にティトが足裏を見せたスライディングでクロースを倒して一発退場となったこと、29分にラウール・バエナがセルヒオ・ラモスをつかみ、2回目の警告を受けたことが悔やまれる。バエナがペナルティーエリア内で犯したファウルについては、同選手がその前にS・ラモスから押されていたことを主審イグレシアス・ビジャヌエバは見逃していたし、2枚目のレッドカードを出す必要もなかっただろう。いずれにしろ、現地メディアはこの試合について、レアルが10得点を記録したことではなく、ラージョに完全に押されていたことを何よりも重視している。ラージョは10失点を許しながらも、たった15分間の“勝負”には勝っていた。P・ヘメスの株が、今回の一戦によって下がるということはない。

 元スペイン代表DFのP・ヘメスが、現役時代にも在籍したラージョを率いて、今季で4シーズン目となる。ラージョはマドリッドの下町バジェカスに拠を構える、年間予算がリーガ1部でも最低ランクの2000万ユーロ弱というクラブ。だがP・ヘメスはそのような環境を気にすることなく、ジョゼップ・グアルディオラの率いたバルセロナのようなポゼッションサッカーにこだわり続け、3シーズン連続でのリーガ1部残留を果たした。毎シーズン、12~15選手が入れ替わる弱小クラブの運命に抗いながら、である。

 P・ヘメスが実践する超攻撃的サッカーは、たとえ退場者が出てもストライカーを投入し、4バックから3バックにシステムを変更する程に過激なもの。2012~13シーズンが66失点(降格3チームを抜かせばワースト)、2013~14シーズンが80失点(全チームワースト)、昨季が68失点(全チームワースト2位)と被ゴール数は極めて高く、同期間の引き分け数はどこよりも少ない。勝つか負けるかというチームを、P・ヘメス率いるラージョほどに体現する存在はないだろう。一度P・ヘメスに、なぜリスクを冒しながらもそうしたサッカーを志向するのか聞いたことがある。その返答は、次のようなものだった。

 「サッカーは懐が深く、様々なスタイルでプレーすることが可能だ。それは『なぜ青色を好むのか?』と質問するのと同じであり、『好きだから』としか答えようがない。私は攻撃的なサッカー、美しいパフォーマンスを愛している。それは私の心を打つものであり、だからこそ選手たちに対して、そうプレーしてくれと必死に訴えることができる。もちろん、ほかのプレースタイルや練習方法があることも理解しているし、自分からは最大限の敬意を払うよ。監督という職業は、すぐに首が飛ぶものだからね」

 もちろん、P・ヘメスは無謀過ぎるとの批判も存在してはいるが、現在は称賛の声がそれを圧倒的に上回る。例えば、アルゼンチン代表を1978年ワールドカップで優勝に導き、バルセロナ、アトレティコ・マドリードなどでも指揮を執った賢人セサル・ルイス・メノッティは、「パコのチームは敗北に身を竦めることなく、良質なパフォーマンスに固執する。彼らと比べて、レアルがどれだけ恥ずかしいチームか……。本来、勇気を出すべきは強大なチームであるはずだ」と発言。またスペイン『アス』が実施した、スペイン代表次期監督に誰を望むかというアンケートで、P・ヘメスは見事1位に輝いている。

 このように、今やリーガを代表するカリスマ監督として扱われるP・ヘメス。しかし彼がラージョで過ごす日々は、今季で終わりを迎える可能性が高い。それを物語っているのが、柏に所属する鈴木大輔のラージョ移籍報道だ。P・ヘメスはその報道について問われた際、「鈴木という選手は知らない」と話していたが、今季終了後のラージョ退団が既定路線となっているために、選手補強の動きについては一切知らされていない模様。ラージョが実際に鈴木を獲得した場合、今季終了までのレンタルで放出する意向というのも、P・ヘメス退団後のチームに組み込むためと見られる。

 P・ヘメスが今後率いるチームについて、現在は様々な憶測が流れている。その一つに挙げられるのが、『アス』のアンケートにもあったスペイン代表だ。P・ヘメスは昨季終了後、「今シーズン一杯でクラブを後にする」と言っていたにもかかわらず、結局ラージョとの契約を1年延長したが、その理由はEURO2016終了後に現スペイン代表監督ビセンテ・デル・ボスケの後を継ぐことが内定しているためとも噂される。ラージョの後にスペイン代表を率いるなど、極めて異例のことではあるが……。

 「質の高い選手たちを擁するバルセロナやレアルに嫉妬?健全な形ではあるが、感じるね。とはいえ、私の選手たちもグアルディオラから指導を受けられないことを残念に思っているはずだ」。過去にそう語ったこともあるP・ヘメスだが、今季を終えた後にその健全なる嫉妬心を失うのかもしれない。今回のベルナベウでの一戦のように、スモールチームで勇敢さを示す姿を見られなくなるのは寂しくもある。が、強大なチームでその信念を貫く彼も、さぞや爽快だろう。(江間慎一郎=マドリード通信員)

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