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【コラム】海外通信員

W杯まであと1年もある!? 予行練習なしのぶっつけ本番?“ブラジルの当たり前”とは

[ 2013年6月14日 06:00 ]

国際親善試合で、ブラジルの同点ゴールに盛り上がるマラカナン競技場
Photo By 共同

 コンフェデ杯が始まる。コンフェデ杯とはなんぞや?大陸チャンピオンが集まって、ミニW杯、すなわちW杯の予行演習というのが本来の意味合いなのだが、これからブラジルで行われるのは、予行演習なのか、とりあえず大会ができればいいや、なのか?

 これまでのブラジルでの様子では、とりあえずやれればいいんでしょ、という路線のようだ。FIFAはコンフェデ杯で使用されるスタジアムの引渡し期限を2012年12月としていた。しかし、すべて揃ったのが5月!コンフェデ杯のわずか1月前。予定通り完成したのは、ミネイロン(ベロ・オリゾンチ市、日本対メキシコの会場)とカステイラン(フォルタレーザ市)のみだった。

 FIFAジェローム・バルク事務局長は、最後まで完成が遅れたレシーフェのスタジアムをコンフェデ杯から外す可能性まで示唆したほどだった。

 実に5カ月遅れの完成にブラジル側は焦っていたかと思いきや…、完成を祝い登場したのは、上機嫌のルセフ大統領。始球式でボールを蹴って、「悲観的な人々は、建設が間に合わないと言ったが、ブラジルにはこれほど立派なスタジアムを建設できる力があることを証明して見せた!」と自信満々にスピーチした。5カ月遅れている時点で、ブラジルの力のなさを証明したことはすっかり忘れたというか、ブラジル人からしてみると、最初から5月までに完成すればいいのだろうと思っていたから予定通りなのだろう。世界中に恥をさらしているという感覚はなく、ブラジル感覚で本気で我々には能力がある!と思っているところが、すごい。

 なにもFIFAは悲観的だったわけではない。期限を決めて、そのプラン通りにことを進めるのは当たり前なのだが、ブラジル政府が楽観的すぎるのだろう。

 半年前には完成して、数回のテストをして万全の体制で本番を迎えようというFIFAの“当たり前”は、見事に外れた。聖地マラカナンも昨年12月の引渡しが間に合わなかったスタジアムの一つで、期限は延びに延びて、最終的に5月15日に大会前のイベントテストをするはずだったもののできず、コンフェデ杯本番前の唯一のテストイベントは6月2日のブラジル対イングランドになった。しかも、スタジアムの周囲は工事の真っ最中。試合の数日前には、リオの地方裁判所が書類不備で安全の確保ができないと試合の差し止めまでする始末。しかし、これもわかっていたことだが、翌日には撤回され、試合は行われた。試合当日に間に合えばOKなのだから。これが、ブラジルの“当たり前”だ。
こんな“ブラジルの当たり前”に振り回されたのは、FIFAのジェローム・ヴァルケ事務局長だ。

 ジェロームラプソディー♪

 それにしても、FIFAのヴァルケ事務局長はよく我慢している。いや、我慢できず何度もブチ切れたが、その度に反撃に合い、仕方なくブラジルをとりなしているというか。

 事務局長が、ブラジルの準備状況が遅れていることを注意し始めたのは、2012年の初頭から。2012年12月にはコンフェデ杯で使用する6カ所のスタジアムが完成していなければいないのに工事の遅れは明白だった。

 2012年3月2日にヴァルケ事務局長は、コメントを発表した。「スタジアムの建設は予定通りに進んでいない。なぜこれほど遅れているのか理解できない。尻を蹴り上げないといけない!」

 これに反撃したのが、ブラジルのスポーツ大臣アウド・ヘベロ氏。「(名誉とプライドを傷つけるような)あんな失礼極まりないことは許せない。事務局長をブラジルW杯事業から外して欲しい。」とFIFAに公式レターを送った。

 それに対してヴァルケ氏は「尻が…というのは誤訳でペースを上げるという意味が正しい」とブラジル政府に正式な謝罪をした。

 しかし、ヴァルケ氏の心の中では、まだ懸念が消えたわけではなかった。その後も、再三準備の遅れを示唆し、コンフェデ杯開催スタジアムの引渡し期限の1カ月前の2012年11月には、「試合の日までに工事を終わらせるのではなく、FIFAの大会では試合の6カ月前に引き渡すことが必要となっている」とまたしても“FIFAの当たり前”を主張したのだが、明らかに間に合わないスタジアムについて、「なんとかやりくりするしかない。」と認めるしかなかった。

 引渡し期限が過ぎた2013年1月、オープニングマッチの会場となるブラジリアを訪れたヴァルキ氏は「12月に完成して欲しかったが、仕方がないから4月まで待つ。これが最終期限だ。」と強く言ったのだが、4月には案の定間に合わなかった。結局、引渡しは5月18日になった。しかし、「コンフェデ杯でスタジアム引渡しの延長を認めることになってしまったがこれは例外だ。W杯には通用しない」とクギを刺した。

 にもかかわらず、またしても爆弾がヴァルキ氏に落ちた。サンパウロ・アリーナの建設業者が2014年4月にしか間に合わないと認めたのだ。当然、ヴァルキ氏は「これは脅しじゃない。間に合わせなければ、サンパウロをW杯から外す。8月1日からのチケット販売前なら外すことができる。」と警告した。しかし、結末はいつも同じで、「サンパウロをW杯から外すことなどできやしない。関係者と力をあわせてなんとかしよう。」と態度を改めた。そして、ついにもうなるようにしかならないという“ブラジルの当たり前”を学んだヴァルキ氏は、かねてから一番心配していたリオのマラカナンスタジアムのテストマッチ、ブラジル対イングランドを終えて上機嫌で新マラカナンの完成を祝うコメントを発表した。

 「ここ数年ブラジルと行き来して、スタジアムの進捗状況、準備態勢についていろいろ言ってきたが、サッカーの聖地、マラカナンが新たに生まれ変わって、世界的なクラシコ(名門対決)を迎える様子に感動した。この先、まだやることはたくさんあるが、FIFAとブラジル組織委員会は協力して、ブラジルW杯を特別な大会にする。」と。

 ん?どうやらジェローム氏もブラジル流に巻き込まれてしまったのだろうか?

 いや、しばらくしたら、きっとまたブラジルの尻を蹴っ飛ばしたくなるだろう…。

 スタジアムの遅れだけが懸念ではない。コンフェデ杯を経験しない各都市の受け入れ態勢もぶっつけ本番。最大の都市、サンパウロは予行練習なし。ただでさえ、普段でもカオスの街がW杯でどうなるやら…。心配しているのはヴァルケ氏だけでないことは確かだ。(大野美夏=サンパウロ通信員)

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