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栄光と挫折の“マラドーナW杯ヒストリー”

[ 2010年6月13日 06:00 ]

1990年イタリア大会、決勝で西ドイツに敗れたアルゼンチン代表・マラドーナ

 78年、地元アルゼンチンで開催されたW杯は17歳という年齢を理由に代表入りできなかったマラドーナにとって、初出場はバルセロナに所属していた82年のスペイン大会。5試合に出場し2得点をマークしたが、2次リーグのブラジル戦でマークしていた選手の腹を蹴り退場処分。チームも2次リーグで姿を消した。

 ナポリ在籍中の86年は絶頂期だった。準々決勝のイングランド戦では、わずか3分間の間に「神の手」と「5人抜き」で2得点を挙げ、勝利を演出。西ドイツとの決勝まで7試合で5得点5アシストの大活躍。アルゼンチンを2度目の優勝に導いた。
 連覇を狙った90年イタリア大会は、決勝で西ドイツに0―1で敗れ準優勝。7試合ノーゴールだった。94年米国大会も出場し1次リーグ2試合に出場したものの、ドーピング検査で禁止薬物のエフェドリンの使用が発覚。無期限の出場停止となり、大会から追放された。

 ◆ディエゴ・マラドーナ 1960年10月30日、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれの49歳。74年にアルヘンチノス・ジュニアーズでプロデビューし、ボカ・ジュニアーズを経てバルセロナ、ナポリ、セビリアなど欧州で活躍。アルゼンチン代表デビューは77年でW杯には82年のスペイン大会から4大会連続で出場。86年のメキシコ大会でチームを優勝に導いた。94、95年にアルゼンチンの2クラブで監督を務め、08年に代表監督に就任。南米予選は4位で通過した。

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2010年6月13日のニュース