【スノボ】スケボーも水泳もうまくいかなかったのに…銅メダルの山田 母が語る素顔

[ 2026年2月15日 02:00 ]

ミラノ・コルティナ冬季五輪第8日   スノーボード男子ハーフパイプ決勝 ( 2026年2月13日    リビーニョ・スノーパーク )

米国へスノーボードキャンプに訪れた際、ショーン・ホワイト(右)に会い記念撮影に納まる山田琉聖(山田美咲子さん提供)
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(母・美咲子さんが語る山田の素顔/) 19歳で初出場した山田琉聖が銅メダルを獲得した。

 「こだわりが強く、頑固です。自分の意思をしっかり持っていると言ってもいいかな」

 そう評するのは、母・美咲子さん。自身もスノーボードが趣味で、愛息にもやらせるためにショップに連れ出したところ「こっちがいいな!」と興味を示したのが、スケートボード。ただ1年やっても上達せず、水泳教室にも通わせたが「2年たってもビート板が取れなかった」。5歳になってもう一度、スノボに誘うと、ピアノとともにどハマリ。「型にはめてしまうとダメ。自由奔放にやらせておくと伸びるタイプ」と、物心がつく頃には現在のスタイルに通じる性格が形成されていた。

 9歳でハーフパイプを開始。練習場所を求めて全国のパイプへ出かけるようになると、両親の金銭的な負担を察知した。ミニバンの後部座席をベッドに改造。たまたまホテルに泊まることになると「“母さん泊まっていいの?本当にいいの?こんないいところに”って。普通のビジネスホテルだったんですけど」。

 服は安物でも文句を言わず、中学生になってからは農作業のアルバイトも文句を言わずに励んだ。中1の時、初めての米国遠征で結果を残せずに帰国した際には「いっぱい働いてくれているのにごめんね。でも行けて良かった」と感謝され、号泣したという美咲子さん。孝行息子の銅メダルは、両親に向けた何よりも大きな恩返しとなった。

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