水沼 涙の銀、男子100バタ日本史上初の表彰台「メークヒストリー」遅咲き25歳が歓喜

[ 2022年6月26日 02:35 ]

水泳 世界選手権第7日 ( 2022年6月24日    ハンガリー・ブダペスト )

男子100メートルバタフライ決勝、銀メダルを獲得した水沼は感無量の表情(撮影・小海途 良幹)
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 競泳の男子100メートルバタフライ決勝で、水沼尚輝(25=新潟医療福祉大職)が50秒94で銀メダルを獲得した。この種目では五輪、世界選手権通じて日本史上初の表彰台。アーティスティックスイミング(AS)のチーム・フリールーティン(FR)決勝で日本(藤井、比嘉、木島、佐藤友、鈴木、柳沢、安永、吉田萌)は93・1333点で3位だった。

 日本競泳界に歴史を刻んだ水沼が、どや顔でサムアップした。男子100メートルバタフライは高いスプリント能力が求められ、日本人には不向きとされてきた種目。五輪、世界選手権を通じて日本勢初のメダリストとなり「メークヒストリーできた。感慨深い」と男泣きした。

 折り返しは最後尾だったが、持ち味の後半に強さを発揮。豪快なストロークで6人を抜き去った。世界記録保持者のドレセル(米国)が棄権する中、優勝したミラク(ハンガリー)とは0秒80差。3位のリエンドエドワーズ(カナダ)とは0秒03の僅差だった。

 少年時代は縄跳びの二重跳びができず、野球ではキャッチボールもままならなかった。小学2年時に1日だけサッカークラブの練習に参加したが、ゲーム形式で周囲の動きについていけず一度もボールに触れなかった。陸上では“運動音痴”だったが、幼少時代から水中は大好き。栃木県内の実家にある観賞用の池で鯉と一緒に泳ぎ「なんで鯉ってこうやって泳ぐんだろう?」と好奇心をくすぐられた。その姿を見た家族は「前世は魚だったんじゃないか…」と目を丸くしていた。

 靴のサイズは30センチ。大きな足から繰り出されるドルフィンキックが最大の武器だ。作新学院高出身で、16年リオ五輪400メートル個人メドレー金メダルの萩野公介さんの2学年後輩。憧れ続けた先輩が東京五輪を最後に現役を引退したが、次の世界大会で自身がメダリストになった。「世界に水沼尚輝という存在が少しずつ認知されていると思う」。3月に13年ぶりに日本記録を樹立し、今大会の準決勝で自己ベストをさらに0秒05更新。遅咲きの25歳は来夏の世界選手権福岡大会、24年パリ五輪へ、まだまだ発展途上だ。

 【水沼 尚輝(みずぬま・なおき)】

 ☆生まれ、サイズ 1996年(平8)12月13日生まれ、栃木県真岡市出身の25歳。身長1メートル81、84キロ。血液型B。

 ☆競技歴 6歳からフィールドビックスイミングスクールで水泳を始めた。栃木・作新学院高時代は無名で、2学年先輩には萩野公介がいた。新潟医療福祉大で急成長し、18年日本学生選手権男子100メートルバタフライで優勝。現在は新潟医療福祉大の職員。

 ☆世界大会 100メートルバタフライは初めて代表入りした19年世界選手権は9位、昨夏の東京五輪は10位でともに準決勝敗退。世界の舞台では世界記録保持者ドレセルらを見て気後れしていたため、今大会前は欧州の大会を転戦して海外勢への苦手意識を克服した。

 ☆ミニJISS 05年に新潟医療福祉大の水泳部監督に就任した下山好充監督は「ミニJISS構想」を掲げて、トップアスリートの強化拠点である東京都北区・国立スポーツ科学センター(JISS)をモデルに練習環境を整備。スポーツドクター、理学療法士、管理栄養士、体育科学の専門教員らをそろえ、科学的トレーニングを施した。水沼は同大学出身の初の世界大会メダリスト。

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