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密接な関係にある音楽とスポーツ 私の記憶に残るバイオリンの音色

[ 2021年6月24日 09:36 ]

サンズ対クリッパーズの西地区決勝第2戦のハーフタイムに登場したジン・ブロッサムズ(AP)
Photo By AP

 モーツァルトが1787年に作曲した「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」は日本語にすると「小さな夜の音楽」で“小夜曲(セレナーデ)”とも訳されていたが、その荘厳で穏やかそうな言葉の響きとは違って、第1楽章の出だしはある意味、勇猛で活気あふれる旋律で始まっている。その曲名は伊坂幸太郎の連作短編集のタイトルにもなり、故・三浦春馬さんの主演で映画化もされたのでご存知の方が多いかもしれない。

 3年前に他界した私の父は、まだ赤ちゃんだった私にこの曲が収められたレコードを何度も何度も団地の窓際で聴かせていたそうだ。眠りを誘う曲ではないのでなぜこの曲が私の“テーマ曲”だったのかはわからない。大人となってからとくにモーツァルトに傾倒することはなく、昭和の多くの若者同様、私はビートルズを筆頭とするロックに没頭することになるのだが、“小夜曲”の出だしだけは脳裏から離れなかった。

 陸上競技会の100メートルでスタートラインに着くとき、バスケの試合で3分前を告げる笛がなったとき、好きでもないあのメロディーが心の中で流れ続けた。いつしかそれは何か重いものを持ち上げるときに口にする「せ~の」という言葉ともセットとなり、今もジョギングの第1歩を踏み出す前にスイッチのような役目を果たしている。

 だから父の葬儀では小学校の同級生でもあったバイオリニストにその思い出の曲を弾いてもらった。弦楽器1つだけのモーツァルト。葬儀の雰囲気には絶対に不向きなのだが、その音色は私にとっては消去不能の記憶としてこれからも生き続ける。

 スポーツにおける音楽の効能については多くの研究結果が発表されている。アップテンポの音楽は長距離走のピッチ維持やパフォーマンス向上、スローテンポの音楽は心拍数の低減を含むリラクゼーションに効果があることは実証済み。五輪に出場するトップレベルの選手たちも“自分好みの音楽”をトレーニングの中に組み込んでいることだろう。

 効能だけでなく、音楽はアスリートやチーム、さらに競技団体そのものを象徴づける役目を果たす時代にもなった。エンゼルスの大谷翔平(26)を含め、大リーグや日本のプロ選手にはそれぞれ「登場曲」があるし、英国を代表するロックバンド「クイーン」が1977年にリリースした「伝説のチャンピオン(We Are The Champions)」は、NBAファイナルの優勝チームが決まったとき、コートに降り注ぐ紙吹雪とともに王者の誕生を世界に告知する“ファンファーレ”のような存在になっている。

 今季のNBAプレーオフではアリゾナ州フェニックスに本拠を置くサンズが28年ぶりに王座を争う「ファイナル」への進出に向かって近づいている。この快進撃に感化された地元のミュージシャン、サム・ターナーさん(35)は選手やファンを後押ししようと「SUNS SHINE」というラップ調の曲を製作。ネット内で公開されただけでまだラジオでもかかっていないというのに、すでに多くのファンから反響があったのだという。それは音楽がスポーツチーム支援のツールとしての機能があることを証明しているような出来事だった。クリッパーズとの西地区決勝第2戦のハーフタイムではアリゾナ州テンピで1987年に結成されたロックバンド「ジン・ブロッサムズ」が登場。新型コロナウイルスの感染拡大時には見られなかった“ライブ・パフォーマンス”によるサポート態勢も整ってきた。

 父の葬儀でバイオリンを弾いてくれた小学校時代の同級生とは5年前、実に45年ぶりに再会。フェースブックで「友だちの友だちの友だち…」とたどっていくうちに“糸”がつながった。「レッド・ツェッペリンに(演奏を)褒められた」が彼女の自慢話のひとつだったが、「褒めたのはジミー・ペイジ?それともロバート・プラント?」という質問には笑いながら「う~ん、わからない」と答えていた。

 2021年6月21日。「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」の私の記憶データを、オーケストラからバイオリンに書き換えた張本人は、5年におよぶ乳がんとの闘病の末にこの世を去った。頭髪を失い、大事なバイオリンを車上強盗の被害にあって盗まれ、倒れそうになりながら高齢者の施設や葬儀場といった場所でも演奏を続け、レッド・ツェッペリンをうならせた62歳のバイオリニスト。さて「天国への階段」をうまく登れているだろうか?そう思い浮かべると、また私の心には「せ~の」に相当するあのメロディーが流れてくる。

 生き方は自由。音楽もスポーツも人間が生きる上でそれは強制はされない。ただどちらも身近に置いておけば、自分も周りも何かしら変化していくと感じている人が多いのではないだろうか?そんな目に見えぬ“宝物”がどこかにあってもいいと思う。

 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。還暦だった2018年の東京マラソンは4時間39分で完走。

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