トライアスロン古谷純平 鉄の意志で大勝負、大企業相手の部創設プレゼン「努力で才能を凌駕できる」

[ 2021年3月17日 05:30 ]

2020+1 DREAMS

トライアスロン男子の古谷純平
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 【THE PERSON】トライアスロン男子の古谷純平(29=三井住友海上)は、自らの手で東京五輪へ続く道を切り開いてきた。就職を機に一度は競技を諦めながら、執念のプレゼンで三井住友海上にトライアスロン部を創部。型にはまらないトライアスリートが貫き続けた信念に迫った。

 年齢やコンディション、環境、さまざまな障壁に競技続行を諦めかけた多くのアスリートたちが、13年秋の東京五輪開催決定で再起した。古谷もその一人だ。

 「小さい頃からの将来の夢が五輪出場だった。その夢を自国で成し遂げることができる、そんな幸せなことはない。やっぱりやめられないと思いました」

 今でこそ18年アジア王者に輝くなど日本男子トライアスロン界のトップを走り続けているが、大学卒業を前に一度はサラリーマンの道を選ぼうとした。

 「学ぶ姿勢を忘れず常に自分で考えること」を何よりも大切にしてきた古谷は当時、トライアスロン部がない早大の政経学部で勉学に励みつつ単独で活動していた。学生の大会では上位に食い込んでいたが限界を感じ、就職が内定したタイミングで「中ぶらりんの生活をするわけにはいかない」と競技の区切りを決断。「ラスト1年は徹底的にトライアスロンと向き合おう」と取り組んだ結果、日本ランキング4位まで力を伸ばした。そして有終の美を飾るはずだった大学4年の秋。東京五輪開催が決まった。

 現役続行に思いは揺れたが「スポーツだけで結果を残せば良いとは思わない」という考えは不変だった。社会に出ることも必要だと考えた古谷は、大学4年の春に入社が内定した三井住友海上に柔道部と陸上部があったため「1%でも可能性があるなら」と人事部に「トライアスロン部の創部」を直談判。会社に出向き、作成した資料でプレゼンした。その熱意は大学4年の冬、2度目の訪問で実ることになる。

 「“社会人とアスリート両方で一流を目指してほしい”と言っていただいて。本当に良いんですかと、ビックリしました。今も競技に最大限の理解を示していただいて、本当にありがたいこと」

 創部時は1人だった活動も、大学時代の「自分に何が必要かを考えて追求してきた」という経験が生きた。人事部社員として当初は「競技で結果を残しつつ社員として業務をこなすバランス」に苦心しながら、「両立の過程で磨かれる社会性と人間性が競技力につながる」という信念を実現。社会人2年目の日本選手権で初優勝を果たすなど、すぐに頭角を現した。

 振り返れば、「型にはまるのが嫌い」という古谷は柔軟な思考で現状を打破してきた。陸上部だった中学では都道府県対抗駅伝の大阪代表に選ばれるまで結果を残したが、勉学との両立が可能な強豪・洛南高に進学後は全国クラスの精鋭が集まる中で「学年でも10番くらいだった」という現実に直面。幼少期から水泳、陸上、サッカーと多くのスポーツに取り組んだ中、全国で戦えると信じ「一番好きだった」というサッカーを諦めてまで選んだ陸上の世界で、才能の壁にぶち当たった。

 くすぶる古谷は高校2年時に、父のすすめで日本トライアスロン連合の強化指定選手を決める認定記録会に出場。わずか1カ月の練習で強化指定にスイムで残り0・1秒まで迫った。「本気でやれば全国大会どころか日本一になれる」。確信すると同時に、可能性を感じた。「陸上、水泳一本だと才能に秀でた人が必ずいる。でもこの競技は全てが一流じゃなくても努力で才能を凌駕(りょうが)できる」。勝負できる場所を貪欲に求めてきた古谷に迷いはなかった。

 わずかに手が届かなかった16年のリオ五輪は補欠として現地入り。そこで特有の空気感を例えた「五輪の魔物」は感じなかった。「自分の中で生み出さないように平常心を保てば、普段の大会と何も変わらないと感じた」。東京大会のスタートに立つ自分を明確にイメージできた。

 今夏は、8年越しの誓いを実現する場だ。あの日、競技人生をつないだ所属先へのプレゼン。「創部していただいた時に、東京五輪でメダルを獲得しますとお話しした。その目標がぶれることはありません」。有言実行のために、次は世界の壁を打ち破る。

 古谷は東京五輪の延期を前向きに捉えている。その理由が日本代表の男子チームが19年12月から取り入れているノルウェーの練習方式だ。「彼らのトレーニングメソッドを継続して行う期間が1年増えたので、単純にプラス」と強調する。

 ノルウェーはリオ五輪ではトップ10に入れなかったが、近年のワールドシリーズで表彰台を独占するなど急激に成長。その背景にはスポーツサイエンスの視点によるサポートがある。体を動かした際に生成される乳酸や疲労物質などのデータに基づいて練習強度をコントロールし、短時間高強度の練習から長時間中強度に変えたことが結果につながった。日本チームも講座や合同合宿を経て「今までの“どれだけ追い込めるか”という練習から180度方向転換している」という。

 ランが課題の古谷は5年間伸び悩んでいた5000メートルのタイムを一気に30秒短縮するなど効果を実感。長年、世界との差が大きかった男子チームだが「低迷していた現状を打ち破れる時が来ると感じています」と今夏の飛躍へ自信をのぞかせた。

 ▽トライアスロン東京五輪への道 個人種目は各国・地域から男女各最大3人が出場可能。日本は開催国として各2枠と新種目の混合リレー(男女2人ずつ、個人出場選手で構成)の出場権を持っており、五輪世界ランキングによる国別の個人3枠目獲得を目指している。代表選考はランキングの対象となる世界シリーズなどの国際大会の結果から判断されるが、ワールドトライアスロンは5月1日まで五輪予選を行わないとしており詳細は未定。日本チームは混合リレーでのメダル獲得を掲げ、通常の距離の半分となるスプリントディスタンス(計25・75キロ)の成績なども総合的に評価される見込み。最新の日本ランキング首位の北條巧(博慈会、NTT東日本・NTT西日本)、2位の古谷、3位のニナー・ケンジ(NTT東日本・NTT西日本)らが代表入りを懸けて争う。

 ◆古谷 純平(ふるや・じゅんぺい)1991年(平3)5月18日生まれ、高知市出身、大阪府育ちの29歳。大阪・茨木西中―京都・洛南高―早大―三井住友海上。中学、高校では陸上部に所属し、高校2年から本格的にトライアスロンを始める。15年日本選手権優勝、18年アジア大会では男子個人、混合リレーで金メダル獲得。16年から日本ランキング3年連続1位。1メートル74、65キロ。

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