内村航平、決断の真相(1)コーチの言葉と不思議な現象

[ 2020年8月1日 12:04 ]

右腕をストレッチする内村航平(撮影・西尾 大助)
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 新型コロナウイルスの脅威が少しずつ、しかし、確実に広がりつつあった2月上旬、体操男子の内村航平(リンガーハット)はオーストラリアにいた。本来なら今夏に開催されるはずだった東京五輪を見据え、温暖な地での調整。現地のホテルで、コーチの佐藤寛朗と連日のように向き合った。

 ミーティングのテーマは明確だった。五輪ロードをどう描くのか。内村は昨年、両肩痛に苦しみ、全日本選手権で予選落ちを喫した。団体総合、個人総合での代表に入るためには6種目をこなす必要がある。個人総合で12年ロンドン、16年リオデジャネイロと五輪連覇、フル回転の団体総合でもリオで戴冠したキングは、岐路に立たされていた。

 昨秋以降、6種目の練習を1週間こなせても、その後に肩に痛みが出て3週間は治療をメーンにせざるを得ない状況が3カ月ほどあったという。このままでは国内選考を勝ち抜くことは難しい。だが、15年に種目別で世界一となった鉄棒に絞れば、視界は開ける。オールラウンダーにこだわる内村が「あったけど、ない」という鉄棒専念の選択肢は、オーストラリアでの佐藤の言葉で一気に現実味を帯びる。

 「苦しみながら体操をやる航平さんの姿をもう見たくない」

 2人は20年以上前に出会い、友情を育んできた。16年12月、内村のプロ転向と同時に佐藤がコーチに就任。佐藤は「僕がそう言ったからといって、その日に決断をしたわけではないですけどね」と言うものの、大きな意味を持っていたことは間違いない。

 オーストラリアではライバルとの予期せぬ再会もあった。2月6日の試技会に、種目別の鉄棒で12年ロンドン五輪に加え、世界選手権3度制覇のエプケ・ゾンダーランド(オランダ)が参加。「鉄棒で行った方がいいのかな、とか、6種目やんないとダメだよなあ、とか、結構揺れている時だった。そんな中でゾンダーランドがたまたま来ることになって。なんかちょっと、運命的なものを感じた。鉄棒に絞った理由というか、ほんのちょっと、あったかな」と内村は振り返る。

 帰国後、1週間は鉄棒に特化した練習を行った。両肩は完治には程遠いが、内村は自らの体に起きた小さな奇跡を知る。「鉄棒だけ肩が痛くないという不思議な現象があって」。自身の名を冠し、個人総合で争う「KOHEIUCHIMURACUP」が3月18日(2月26日に中止発表)に迫っていた。「1カ月前までに6種目できなかったら、ちょっと厳しいかな」。肩への負担が大きい種目はトレーニングが積めない状況だった。鉄棒のスペシャリストとして生きる道は、ほぼ固まっていた。(杉本亮輔)=つづく=

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