【東京五輪あと1年 二宮清純氏直撃に森喜朗会長激白(3)】22年開催は?「これ以上延ばすと…」

[ 2020年7月23日 07:02 ]

二宮氏(左)と対談する東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(撮影・小海途 良幹)
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 新型コロナウイルスの影響で来年へ延期となった東京五輪は23日、開幕1年前を迎える。史上初の延期に伴う追加経費や大会の簡素化、コロナ対策など多くの課題を抱える五輪は1年後、無事に開催できるのか。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長(83)を、スポニチ本紙コラム「唯我独論」でもおなじみのスポーツジャーナリスト二宮清純氏(60)が直撃した。(構成・スポーツ部専門委員 中出 健太郎)

 二宮 IOCのジョン・コーツ調整委員長が過日、10月に開催の可否を判断すると言いました(注2)。そのあと取り消しましたけど、組織委員会も聞いていた話ですか?それともいきなり?

 森 あれは聞いてない。我々はその頃、毎日電話会談をやってましたから、「あれは何だ」と。日本の組織委員会が判断してIOCと相談することでしょうと。10月頃になればある程度いろんな要素が見えてくるんじゃないかということだ、と言うから、様子を見ましょうと。

 二宮 その後、遠藤さん(利明副会長)が来年3月くらいまで待ってくれと。

 森 新薬とワクチン(の開発)の話もありますからね。他にもいろいろと見ているわけですから。

 二宮 確かに治療薬、ワクチンが五輪開催のカギを握るのは事実ですが、その一方で(22年への)2年延期の可能性もゼロではないのでは?

 森 2年はおかしくないんですよ。冬に北京五輪があるだけで、必ずしもまずいわけじゃない。ただ、(パリ五輪がある)24年というわけにはいかない。だから僕は2年ぐらいの延期もと思っていたんだけど、安倍首相は来年で任期が切れる。自民党総裁の任期だから特別に延ばすのも問題ないけど、そう思われたくないという気持ちがあったんだと思う。

 二宮 組織委員会も政府も都もIOCに中止カードだけは切らせたくない。ならば2年延期(22年開催)も視野に入れるべきでは?

 森 それは、その時相談することですよ。

 二宮 森さんには腹案としてあると?

 森 いやまあ、そこまでは。だが、これ以上延ばすとね、物凄い金がかかるんですよ。例えばバスも運転手も何千人と雇って、それをみんな残しておかないといけない。ホテルもそうですよ。他へ貸さないということで。それを今年の分はキャンセルしました、来年また頼みます、それまでは使わないでくださいとか。それ以上のことを言ったら、なお金がかかりますよ。

 二宮 生殺与奪の権を握っているのはIOCです。マラソンの(札幌への会場)変更もそうですが、IOCは急にカーブを切る時がある(注3)。最近はWHO(世界保健機関)と接近しています。コロナ対策は分かりますが、開催の可否に影響を与えることはないのか…。

 森 急にと言ってもね、暑さ対策は大丈夫かというのに対して、我々もいろんなことをしたけど、それでも本当に大丈夫かと言われると、そりゃ自信ないですよ。やってみなきゃ分からんから。その時突然、気温が低い札幌はどうだと言われたら、乗りますよ。こっちだって。だからすぐに「金は出すんでしょうな」と。いや、原則そっちだと言うから、それを考えてくれるならこの話に乗るって言ったら、そこは聞いておこうというわけで。

 二宮 IOCはあまり根回しをしない。再び“寝耳に水”という事態が起きなければいいのですが…。

 森 いやいや(笑い)。
(続く)

 ※(注2)東京五輪の準備状況を監督するIOC調整委員会のコーツ委員長が、東京五輪の開催可否判断には10月が重要なタイミングになるとの考えを示したと5月21日付のオーストラリア紙が報道。大会の再延期はできないとの考えも示した。組織委はコーツ委員長に確認し、「開催可否判断の期限はなく、開催へどんな対策が必要かを議論するタイミングが来る。それが10月と個人的見解を述べた」との説明を受けた。

 ※(注3)IOCが本来の開幕まで10カ月を切った昨年10月16日、東京五輪のマラソンと競歩の会場を札幌市へ移すと発表した。9月下旬からドーハで開催された世界陸上選手権で、夜間の競技実施にもかかわらず酷暑による棄権者が続出。IOC内で危機感が高まり、10月11日に組織委の森会長へ札幌移転の意向が一方的に伝えられた。組織委とIOCは同17日に合意したが、小池百合子都知事は発表前日の15日まで知らされていなかったこともあり、11月1日の最終決定で「合意なき決定」と不満を示した。

 ◆森 喜朗(もり・よしろう)1937年(昭12)7月14日生まれ、石川県出身の83歳。早大ではラグビー部に4カ月間所属。新聞社勤務、議員秘書を経て、69年の衆議院議員初当選から14期連続当選。自民党三役(幹事長、総務会長、政務調査会長)、文相、通産相、建設相などを歴任し、00年4月に第85代内閣総理大臣に就任。12年に議員を引退した。14年から東京五輪・パラリンピック組織委員会会長。日本ラグビー協会名誉会長。

 ◆二宮 清純(にのみや・せいじゅん)1960年(昭35)2月25日生まれ、愛媛県出身の60歳。フリーのスポーツジャーナリストとして五輪は過去に8回現地取材。スポニチ本紙では00年シドニー夏季五輪、02年ソルトレークシティー冬季五輪、04年アテネ夏季五輪で観戦記を執筆し、毎週水曜日付で「唯我独論」を好評連載中。「スポーツ名勝負物語」「勝者の思考法」「最強のプロ野球論」「歩を『と金』に変える人材活用術」(羽生善治との共著)など著書多数。19年から広島大学特別招聘(しょうへい)教授も務める。

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