テコンドー日本代表・鈴木兄弟 2つの金で日本とボリビアの“懸け橋”に

[ 2020年7月7日 06:00 ]

2020 THE STORY 飛躍の秘密

東京五輪でアベック金を目指すセルヒオ(右)とリカルド
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 テコンドー男子で兄弟そろって東京五輪代表となった58キロ級の鈴木セルヒオ(25=東京書籍)と68キロ級の弟・リカルド(20=大東大)は家族の絆で力を培い、アベック金メダルに挑む。ボリビア人の母を持ち、父の母国・日本で才能を開花させたハーフの兄弟格闘家に迫った。

 新型コロナウイルスの影響でステイホームが続いた中、目の前に最高の練習相手がいる。大半のトップアスリートが施設を利用できずに孤独な練習を強いられた期間中も、都内のマンションで同居する鈴木兄弟は五輪代表同士で連日汗を流した。

 寝室からベッドを運び出し、マットやダンベルを購入して練習場に改装。弟のリカルドは「兄と毎日練習できたことは凄く幸運」と話す。音や振動に配慮した軽い組み手程度だが、対人感覚を維持しながら技を磨き、筋力トレに以前の2倍近く時間を割いた。兄のセルヒオは「今だからこそできることが多くある」と、研究家らしく有力選手の分析にも取り組み、コロナ禍に五輪延期という逆風にあらがって成長を誓った。

 二人三脚の五輪ロードはボリビアに原点がある。父・健二さん(54)が南米をバイク旅行中に母・ノルマさん(52)と出会い結婚。川崎生まれの兄は5歳まで日本で育ち「気持ちや情熱が凄く熱い」と話す母の祖国で、6歳からテコンドーを開始した。負けず嫌い。10歳の時には国際大会決勝で3歳上のブラジル人選手に1点差負けし、頭からタオルをかぶって1時間以上、泣いたこともある。「五輪に出る」と夢を持ち、本場・韓国の高校に留学するほど打ち込んだ。

 6歳下でボリビア生まれの弟は6歳から空手を始めた。気が優しく、泣きだすほど追い込まれないと相手を攻めることができなかった。兄が「体は凄く強かったけど(格闘技は)向いてないと思った」と振り返るほどだったが、10歳で転機が訪れた。大会で指導者の登録ミスが判明し、試合を途中で止められて敗戦扱い。その日の夜はゲーム店に連れ出されても落ち込んだ様子で兄が思わず「一緒にテコンドーやる?」と声を掛けた。ここから本格的にテコンドーを開始。2人の道が1本になった。

 大学から日本に拠点を移した技巧派のセルヒオを追い、パワーに優れたリカルドも兄が通った大東大に進学した。いずれもボリビアから五輪を目指す道もあったが、高校卒業後の受け皿があり、海外遠征の補助など環境が整った父の祖国を選んだ。兄が「ボリビアに対する申し訳なさは感じていましたが、日本代表の道を選ばないという選択肢はありませんでした」と話せば、大東大での練習参加を経て決断した弟も「日本の方が強くなれると確信していました」と振り返る。2人で寝食と練習をともにする日々が始まり、互いを刺激に2月の五輪選考会を勝ち抜いた。

 東京五輪の目標は兄弟そろって金メダル。階級順に変更がなければ兄が先に登場する。

 セルヒオ「弟には負けないという気持ちが出てきましたし、ライバルでもある。弟はケツを叩かれないとやらないタイプ。いい背中を見せないと」

 リカルド「兄はタイミングとか間合いの取り方がうまくて、参考にしています。強くなれたのは兄のおかげ。テコンドーの深さも教えてくれました。絶対に2人で活躍したい」

 いずれも将来はボリビアに戻り、競技の普及や活性化に貢献したいという思いがある。特に「日本から取り入れたり、見習うべきところはたくさんある」と競技外にも目を向けるセルヒオには、周囲から「将来はボリビア大統領」の声も上がる。「冗談?全然冗談じゃない。大統領にこだわりがあるわけじゃないですけど、それぐらいボリビアのために何かしたい。日本のためにも何かできれば…」。歩み続ける金メダルへの道は、2つの祖国をつなぐ懸け橋にもなる。

 《ハーフ特有「バネの強さ」》全日本テコンドー協会の山下博行強化委員長はハーフである2人の特性を「バネの部分の強さ」と指摘する。「リカルドは特に身体能力が高く、粗削りだけど非常に伸びしろがある。この1年で一気に成長する可能性も」と期待しており、セルヒオに関しても「技術レベルは一級品」と称え、事前の分析や駆け引きの能力にも注目。「相手を空回りさせながら勝つのも技術の一つ。戦術の幅は圧倒的に広い」と評価している。

 《互いを尊敬し合う姿勢、目標へ努力する勤勉さ 両国の良さが融合》日本料理店を営む父・健二さんがボリビアで暮らして感じる現地の特徴は「家族の絆の強さ」という。互いを尊敬して理解し合う姿勢は母・ノルマさんが子育てを通じて強く意識。リカルドはセルヒオとの関係で「小さな頃から兄弟げんかの記憶がない」と明かす。

 ボリビアではまず個人として自己主張した上で、周囲を認めることを学習するという。健二さんは兄弟がこれに加え「テコンドーを通じて規律や協調性などを学べた」と振り返る。さらに、ノルマさんは「目標に向かってコツコツと努力して積み上げていく日本人気質を一番身近な父親から学んだのでは」と指摘。日本とボリビアの良さが2人の中で融合したと言えそうだ。

 両親は物心両面で兄弟をサポートする。ボリビアでは実績を残しても海外遠征の費用が出ることはなく、全てが実費となる。試合の際はセコンドのコーチ役も必要で「いないと出られないのでお父さんがしてくれて。今ここにいるのは本当に両親のおかげ」とリカルド。2月の五輪選考会ではノルマさんと1カ月前から来日し、食生活を支えてくれた。セルヒオは「栄養面でも体がしっかりできた。いてくれるだけで心強かった」と感謝。強い絆が五輪への扉を開いた。

 【鈴木兄弟とは】
 ☆生まれ 兄のセルヒオは94年(平6)10月9日生まれ、神奈川県川崎市出身の25歳。弟のリカルドは00年(平12)4月27日生まれ、ボリビア出身の20歳。
 ☆サイズ セルヒオは1メートル77、63キロ。リカルドは1メートル86、74キロ。
 ☆3兄弟 ボリビア在住の長兄・ブルーノさん(29)は外科医志望の研修医で、幼少時は空手をしていた。ついていった道場で空手の指導者が竹刀を振り回している姿を見て、セルヒオは隣で行われていたテコンドーを選択。
 ☆勲章 セルヒオは17~19年の全日本58キロ級3連覇。18年アジア大会3位。リカルドは全日本68キロ級で19年準優勝、20年優勝。19年ユニバーシアード代表。

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