追悼連載~「コービー激動の41年」その88 墜落事故のあとの衝撃 世界中が涙

[ 2020年5月14日 08:30 ]

故ブライアント氏のユニフォームを着て追悼するジェームズ(AP)
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 コービー・ブライアントを乗せたヘリコプターの墜落事故を受けて、米国の国家運輸安全委員会(NTSB)は18人で構成される事故調査チームを現場となったカリフォルニア州カラバサスに派遣。ヘリの破片はアリゾナ州フェニックスの施設に運ばれ、そこで事故原因の究明が行われることになった。しかし当事者は全員死亡。NTSBとしての正式見解が出るまでには12~18カ月ほどかかるとされているが、墜落原因の詳細を突き止めるには多くの壁が立ちふさがっている。

 私の小学校時代からの友人はヘリの元操縦士。その彼に「シコルスキー・S―76B」系のヘリを操縦したことのある別のパイロットにこの機種の特徴を聞いてもらった。するとこの中型ヘリは性能は優れているものの、計器類の位置がやや高く、前方への視程がややさえぎられるのだと言う。その友人が墜落の可能性として挙げた原因のひとつは「Vertigo(空間識失調)」だった。

 雲の中にすっぽりとはまってしまったため、上下左右の方向感覚がなくなってしまう状態だ。山であればホワイトアウト。確かにこれで方向感覚を失って遭難した登山客は数多く存在する。さてアラ・ソバヤン操縦士はどんな状況だったのか?その真実を得られる手がかりが少ないことが残念でならない。

 引退試合で60得点を挙げたあの現役最後のジャズ戦から4年が経過した2020年4月13日、ブライアントのバネッサ夫人はこう語っている。

 「引退のあと、彼(ブライアント)が望んでいたのは、それまでなかった娘たちとの時間を取り戻すことでした。そして引退してからの3年9カ月を本当に楽しんでいました。ジアナのチームのコーチにもなることができました。そしてさらに娘も2人、生まれました。だから毎日のように“あの日の朝に戻りたい。普通の1月26日であってほしかった”と思っています」

 その日、コロラド州デンバーで行われたナゲッツ対ロケッツ戦。選手もファンも全員が悲報を知らされての試合だった。試合前の国歌斉唱で整列したロケッツのオースティン・リバース(27)とタイソン・チャンドラー(37)、P・J・タッカー(35)はこらえきれず大粒の涙を流していた。前日、フィラデルフィアで76ersと対戦したレイカーズのレブロン・ジェームズ(35)はこの一戦で、ブライアントの持つ歴代3位の通算得点記録を更新。そしてブライアント自身から祝福の電話をもらっていた。まさかのニュースを受けとったのは移動中のチーム専用機の機内。チームメートのアンソニー・デービス(26)に事故死のニュースを知らされても信じることができなかった。

 ジェームズが心の整理を終えて自分の気持ちをインスタグラムで明らかにしたのは27日。それはブライアント本人への手紙のようなスタイルだった。

 「心の準備なんてできていません。でも僕は生きていきます。この件に関して何かを書いて投稿しようとしたのですが、そのたびにあなたやGigi(ブライアント氏の次女ジアナさんの愛称=墜落でともに死亡)のことを考えて泣いてしまいました。フィラデルフィアからロサンゼルスに移動する前、文字通り、私はあなたの声を日曜日の朝(墜落事故当日)に聞きましたよね。でもまさかそれがこれから100万年先になっても最後の会話になろうとは考えもしませんでした。心が折れました。打ちひしがれています。バネッサ(ブライアント夫人)とお子さんたちに心からお悔やみ申し上げます。そしてあなたのレガシーを受け継いでいくことを約束します。あなたはここにいる全員にとって大きな存在でした。だから自分にはそれを背負っていく責任があります。天国から私を見守って、そして私に力をください。私は1人じゃないんですよね。言いたいことはまだいっぱいありますが、今はこれが限界です。だってもう一度、会ってくれないと耐えられないんです。私の兄へ、そしてGigiへ」

 世界が泣いた日。ジェームズだけでなく、多くの人が打ちひしがれていた。(敬称略・続く)
 
 ◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。

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