追悼連載~「コービー激動の41年」その59 チェンバレンの100得点に秘められた真実
結論を最初に記しておく。2006年1月22日。コービー・ブライアントは地元ロサンゼルスでのラプターズ戦で81得点をたたき出してチームの逆転勝ちに貢献した。その経過と内容については後述する。
この1試合81得点、NBAでは「歴代2位」ということになっている。その上にある唯一の事例は1962年3月2日、フィラデルフィア・ウォリアーズのセンターでのちにレイカーズの一員にもなるウィルト・チェンバレンがニックス戦で記録した100得点。チェンバレンが自身2番目に多かった得点は「78」なので、100得点だけが突出して多い。ではなぜなのか?そこにはきちんとした理由がある。だから私はいつもこう思っている。
「作られた最多得点記録保持者はチェンバレン。作ろうとしなかった記録の頂点に立っているのはブライアント」。
では時計を今から58年前に戻してみる。100得点樹立の1日前となった1962年3月1日、日本ではテレビの受信契約世帯が1000万を突破している。その2年後に迫った東京五輪が引き金になって、テレビという名の家電は一気に日本の各家庭に入りこんできた。この年、堀江謙一氏がヨットで太平洋の単独横断に成功(7月8日)するが、歌手の松田聖子が生まれた年(3月9日)といったほうが、まだピンとくるかもしれない。「巨人、大鵬、卵焼き」が庶民の心をつかんでいた昭和の高度成長期。ただしチェンバレンの大記録を報じるメディアは日本にはほとんどなかった。
ペンシルベニア州ハーシー。州都ハリスバーグの東隣りにある人口1万3000人の町が大記録の舞台となった。そこはチェンバレンが当時、所属していたウォリアーズの練習拠点。ホームゲームはほとんどフィラデルフィアで行われていたが、ハーシーでも毎年、数試合が組まれていた。試合当日は冬模様。車に押しつぶされた雪が路面で茶色に変色していた。ハーシーと聞いてチョコレートを思い浮かべる方も多いのではないだろうか…。そう、ここはあの有名はチョコレート会社の本社がある企業城下町。しかしスポーツ界では大記録を生んだ町としてその名を刻んでいる。
フィラデルフィアのチームなのに、チェンバレンの自宅はニューヨークにあった。3月1日、彼は「美女と楽しいひとときを過ごした」あと、友人と深夜のドライブでフィラデルフィアに到着。そこからチームバスに乗ってハーシーに移動する。本人は「バスの中で眠るつもりだった」と語っているが、なにせ216センチの巨漢。狭さと揺れで一睡もできなかった。
到着翌日の2日、試合前にチームメートとトランプに興じたが、これが勝ってばかり。そのあとアリーナのロビーに置いてあったピンボールとライフル銃のゲームマシン(日本でもよく見られた)に没頭し、どちらも“自称・世界最高得点”をマークしている。つまりこの日はつきまくっていた。「試合前なのに不謹慎だ」と思うなかれ。このシーズン、ウォリアーズは49勝31敗ながら東地区首位のセルティクスには11ゲーム差もつけられ2位。対戦相手のニックスにいたっては29勝51敗で最下位。3月初旬に巡ってきたこの一戦は、レギュラーシーズン終了まであと5試合となって迎えた消化試合で、選手に気合が入らないのも無理はなかった。
試合に入ろう。NBA公式サイトや当時のAP電などによると観客はわずか4124人。テレビ中継はなく、ラジオだけの実況だった。しかし当時の広報で記録係も務めていたハービー・ポラック氏は「自分は見た、と言った人は4万人を下らない」と語っており、目撃者の数はなぜか大記録が誕生した試合後に急増していく。チェンバレン自身「世界のあちこちで1万人に声をかけられた。あなたの100得点をマジソンスクエア・ガーデン(ニューヨーク)で見ましたってさ。場所はハーシーなのに…」と回想している。そう、ブライアントの81得点と違って“真の歴史の証人”は驚くほど少なかった。(敬称略・続く)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には一昨年まで8年連続で出場。フルマラソンの自己ベストは2013年東京マラソンの4時間16分。昨年の北九州マラソンは4時間47分で完走。
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