元関脇・豪風「両親に見てもらいたかった」断髪式で涙…“最後の取組”は12歳長男と

[ 2020年2月1日 17:55 ]

<豪風引退式>尾車親方(右)にマゲを切り落とされる元豪風の押尾川親方(撮影・木村 揚輔)
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 昨年初場所限りで引退した元関脇・豪風の押尾川親方(40=尾車部屋)の引退相撲が1日、東京都墨田区の両国国技館で行われ、断髪式には横綱・白鵬(宮城野部屋)、同じ二所ノ関一門の荒磯親方(元横綱・稀勢の里)ら約300人が参加し、師匠の尾車親方(元大関・琴風)が止めばさみを入れた。

 押尾川親方は断髪式が始まってすぐに目を潤ませ、まげに別れを告げると再び涙がこぼれた。土俵から去る際には「相撲に感謝」と書かれた紙を掲げ、四方に深々とお辞儀。「相撲をやっていなければ、あそこからの景色が見られない。相撲をやっていなければ今日来た人たちに出会えなかった」とその意図を説明した。

 まげがなくなったことには「不自然な感じ。乗っている者が乗っていない。体の一部というか身内のようなものだったから、いなくなってしまったという感じ」と感想を語った。

 まげをつけての最後の取組は、長男の海知(かいち)君(12)が相手だった。何度も何度も押させたあとに、自身も本場所で3度決めたことのある一本背負いで転がされた。「土俵の上は(現役で)やっている人が上がるもの。そうでないとケガをする。一本背負いを食らってケガをした」と言いながら、うれしそうに左肘に張った絆創膏を披露した。断髪式の前には、出身地である北秋田市の津谷永光市長から「市民栄誉賞が」が授与された。

 通常の引退相撲では、断髪した後の新たな髪形はパーティー会場で初披露となるが、押尾川親方は幕内の取組が終わった後に再び現れ、本場所の優勝インタビューが行われる土俵下で同じようにインタビューを受けた。現役時代、優勝インタビューを受けることはできなかったが、17年に及んだ相撲人生で数々の記録を残した。幕内出場1257回は史上9位で、学生相撲出身では最多。35歳での初金星(2014年名古屋場所9日目、日馬富士戦)は年6場所となった1958年以降では最年長記録で、35歳での新関脇(同秋場所)は戦後最年長のスロー出世だった。

 引き続き、尾車部屋の部屋付きとして後進の指導に当たる。「ケガに強い力士、礼儀を重んじる力士、なにより商物良い力士を育てていきたい」。自分が果たせなかった優勝という夢は、弟子へと託す。「それを夢見て、一生懸命やらせていただく」と誓った。

 インタビューの最後には亡き両親への思いを口にした。「(中大から)入門する時も大反対、勝ち越しても2桁勝っても、三賞を取っても三役になっても反対。自分の息子に綱渡りのような人生を歩んでもらいたくないと、いつも反対していたお父さん(三男さん)、お母さん(絹子さん)に引退した姿を見てもらいたかったです」。涙はこらえ切れなかった。両親の遺影を掲げ、引退相撲に足を運んでくれた人々に深く頭を下げた。

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