「ベルセルク」“描き継ぎ”漫画家・森恒二氏「何もしないなんて彼に怒られる」

[ 2023年9月29日 05:10 ]

ベルセルク42巻を手にする森恒二氏
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 大動脈瘤(りゅう)解離のため2021年5月に54歳で急逝した三浦建太郎氏の世界的人気漫画「ベルセルク」(白泉社)の最新42巻が29日、発売される。「ホーリーランド」などで知られる人気漫画家・森恒二氏(56)の監修のもと昨年6月に再開してから初の単行本。故人の親友で、最終回までの構想を聞いていたという森氏が、漫画史上でも異例の“描き継ぎ”への思いを語った。(岩田 浩史)

 訃報に接した状況を聞かれた瞬間だった。それまで三浦氏の思い出を笑顔で語っていた森氏の動きが止まった。「ちょっとすみません…」。声を絞り出したが、30秒にわたり、言葉が継げなかった。「時々こんな風に、よく分からないタイミングでフリーズしちゃう」。親友の死から2年が過ぎた今も心の穴を埋められずにいる。

 共に漫画家を目指した高校時代からの付き合い。「家族より長い時間を過ごし、親友という言葉で語り尽くせない関係」。お互い人気作家となっても、作品について相談し合う仲で「ベルセルクも最終回までの構想を聞かされていた」という。三浦氏の没後、展開などの一部を記したメモが見つかったが、最終回までを把握するスタッフや担当編集者はいないことが分かった。

 「ベルセルク」は1989年開始。魔物が跋扈(ばっこ)する中世欧州風の世界で、剣士ガッツが復讐の旅を続けるダークファンタジー。壮大な物語は開始30年を過ぎ、ようやく「5分の3か4まで来た」と口にしていたところで三浦氏は逝ってしまった。

 “描き継ぎ”について森氏は「本来やるべきでない。漫画は作者のもの」と思っている。一方で同じ漫画家として、物語半ばで終わらせる苦悩も痛いほど分かっている。「彼は話を閉じるまでの伏線、張り巡らせた仕掛けを描くのを楽しみにしていた。これを世に出さず、私が何もしないなんて彼に怒られると思い決断した」と力を込める。

 昨年6月、アシスタント集団の作画で連載を再開。自身の役割は「基本的にはストーリーを説明するだけ。やることは多くない」というが、膨大な時間を共にした親友ならではの方法で物語を受け継いでいる。セリフの言い回しや表情、剣さばきやアクションなど文字で伝えにくい描写も寸劇で伝えられたという。照れや遠慮のない間柄だからこそ可能な方法。出版関係者は「過去にも漫画の描き継ぎはあるが、そこまで深いレベルで構想を共有した例はないかもしれない」と指摘する。

 ベルセルクは森氏にとっても思い入れの深い作品。主人公ガッツのかつての盟友で、宿敵となったグリフィスは「僕が投影された場面もあるかもしれない」と語る。友情とライバル心が混然一体となった2人の感情描写は、三浦氏との関係が下敷きとなった面もある。「劇中に『俺だけの国を作る』なんて僕が10代の頃に話した恥ずかしい台詞が描かれていたりして。彼が一言一句覚えているんですよ」と苦笑いする。

 物語は「彼が言うように、もう“たたむ局面”。残り10年は掛からない」と森氏。「三浦建太郎という偉大な漫画家がいたことを忘れないでほしい」。親友の思いとともに大作を完結に導く。

 ≪描き継ぎ「キャプテン」などわずか≫作者の死去で未完となった漫画が、別の漫画家の手で再開した例はごくわずか。54年には、スポーツ漫画の元祖とされ、冒険王(秋田書店)で「イガグリくん」を連載中の福井英一氏が33歳で急逝。有川旭一氏が翌月から執筆を担当した。また、ちばあきお氏は「プレイボール」を78年に終了させ、後に再開させる意思があったとされるが、84年に41歳で死去。2017年から「グラゼニ」などのコージィ城倉氏が遺族の依頼もあって、続きを描いている。

 ▽ベルセルク 題名は北欧に伝わる異能の戦士「berserker」に由来。剣と魔法の世界で、身の丈ほどもある大剣を武器とするガッツの旅を描く。壮大な世界観、悲劇的で陰惨な物語を高い画力で描き、海外のファンも多い。2002年手塚治虫文化賞マンガ優秀賞。テレビアニメ、劇場版アニメも製作された。

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