乙武洋匡氏 アスリートとて人間なのだ。決して完璧ではない

[ 2021年7月29日 05:30 ]

女子団体総合決勝でチームメートの演技を見守る米国のシモーン・バイルス(左)
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 【乙武洋匡 東京五輪 七転八起(5)】アメリカ体操の女子代表シモーン・バイルス選手が、27日に行われた団体決勝に続いて、28日の個人総合決勝も棄権した。理由はケガではない。自身のメンタルヘルスを守るためだという。バイルス選手といえば、前回のリオ大会で金メダル4つと銅メダル1つを獲得したアメリカ体操界のスーパースター。

 世界選手権では史上最多となる通算25個のメダルを獲得している。それだけに彼女の“メンタルヘルス”を理由とする棄権は大きな衝撃をもって伝えられた。

 バイルス選手はリオ大会直後、ドーピング疑惑を報じられると、ADHD(注意欠陥・多動性障害)であることも明かしている。彼女が服用していると指摘されたメチルフェニデートは、世界反ドーピング機関から使用を禁止されているが、彼女はADHD治療の一環として子供の頃から服用しており、大会出場にあたっては必要書類を提出するなど、正式な手続きを経て服用していたのだ。

 その際、彼女はこんな言葉を残している。「ADHDであること、そして薬を飲んでいることは、恥じることではありません。隠す必要もありません」

 そんな彼女だからこそ、メンタルヘルスを考慮しての棄権という決断に踏み切ることができたのだろう。これまでの言動から、彼女には「アスリートとはかくあるべし」という既成概念に左右されない信念を感じることができる。今年5月には女子テニスの大坂なおみ選手が、やはりメンタルヘルスを理由に全仏オープンを棄権した。この数年、ずっとうつ状態に苦しめられてきたという。

 私たちはオリンピックの舞台で活躍するアスリートを見て、その精神力を高く評価する。しかし、そうした決めつけが、もしかしたらかえってアスリートを苦しめてしまっているのかもしれない。アスリートとて人間なのだ。決して完璧ではない。そうした見方をすると、今私たちの目の前で繰り広げられている戦いが、より尊いものに感じられる。

 ◇乙武 洋匡(おとたけ・ひろただ)1976年(昭51)4月6日生まれ、東京都出身の45歳。「先天性四肢切断」の障がいで幼少時から電動車椅子で生活。早大在学中の98年に「五体不満足」を発表。卒業後はスポーツライターとして活躍した。

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