桂福団治「60周年というものを改めて噛みしめた」 13~16日に記念公演

[ 2020年10月1日 12:39 ]

 「桂福団治・芸歴60周年記念 4DAYS」を発表した四代目桂福団治(左)と弟子の桂福丸
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 今年、芸歴60年を迎えた落語家の・四代目桂福団治(79)は「桂福団治・劇歴60周年 4DAYS」を13~16日までの4日間、「神戸新開地・喜楽館」で開催することを1日、発表した。3月に予定していた60周年記念公演は新型コロナ禍で中止。再度、開催することが決まり、福団治は「あちこちから声をかけて頂いて、60周年というものを改めて噛みしめた」と語った。

 16年1月に85歳で亡くなった「上方落語の四天王」三代目桂春團治さんの筆頭弟子として入門したのが1960年のこと。26日には傘寿を迎える上方落語界最年長の噺家。「傘寿なんてほど遠い、上の世界の人のことだと思ってた」と80歳の誕生日を迎えることに感慨深げだった。

 入門当時は「封建制度、徒弟制度で、師匠が黒と言ったら白いモノも黒。三尺下がって師の影を踏まずだった。今ならたいへんなパワハラだらけ」と苦笑い。さらに「テレビに出たら波紋」と厳しかったそうだ。「豪快」なイメージの「春団治」に憧れて入門したが、師匠の三代目春団治は「定規で測ったような人。額からはみ出たらダメ。部屋を出る時の歩数も決まってた。落語でも“てにをは”を1字でも間違ったらアカンかった」。ただ、そのおかげで正統派落語を60年間続けられ「3年間、内弟子修行をやったことが、古典落語の世界に役立っている。師匠には感謝してます」と振り返った。

 師匠から「2年間だけ」と許可をもらって古典落語でない時事ニュースを扱った『ペケペン落語』を作り、一世を風靡(ふうび)した。当時、テレビのレギュラーは最大で12本と人気者に。映画にも出演した。ただ、その過労が祟ったのか声が出なくなり入院してノドを手術。3カ月間のブランクでレギュラーもなくなった。

 ノドを手術した入院生活の中で思いついたのが「手話落語」。「手話落語を考案したのが一番かな」と自身の功績を振り返った。また、上方落語界で最初に『人情噺』に手を出したと自負。上京して、4歳年上の立川談志さんに10日間泊まり込み「鼠穴(ねずみあな)」の稽古をつけてもらったエピソードも披露した。

 コロナ禍での自粛期間中は「手話を訓練する時間にあてた。寿限無寿限無を手話でできるようになった」と明かし、「自然の成り行きに任せて、(落語家を)やめないでおこうと思う」と現役続行を宣言した。

 13日からの4日間公演には、月亭八方(72)、桂小文枝(69)、桂仁智(68)、桂米団治(61)、桂福楽(61)らがゲスト出演する。

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