笠井信輔アナ 学生時代に小島一慶さんのアシスタントだった「明るい笑顔しか記憶にありません」

[ 2020年4月27日 00:43 ]

笠井信輔アナウンサー
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 「悪性リンパ腫」を公表して闘病中の元フジテレビでフリーの笠井信輔アナウンサー(57)が26日、自身のブログを更新。23日に肺がんのため75歳で死去したフリーアナウンサーの小島一慶さんをしのんだ。

 笠井アナは学生時代、小島さんが司会をしていた1980年代の人気クイズ番組「ぴったしカンカン」(TBS)で、アルバイトで小島さんのアシスタントをしていたことを明かした。「仕事は毎週のように行われる「ぴったしカンカン」予選会の司会を一慶さんの変わりに勤める事でした」とし「アルバイト学生司会者の仕事は、前説をして、硬くなっている一般の皆さんの気持ちをほぐし、一慶さんの代わりに司会をすることなのですが、この前説がうまくいかないとTBSのディレクターやADさんに相当絞られました」と説明。「それでも負けていられない」と頑張ったのは、同番組のアルバイト歴代学生アシスタント司会者が日本テレビ局アナになった小倉淳さん、フジテレビ局アナになった川端健嗣さん、テレビ朝日局アナになった寺崎貴司さんと「先輩方が次々と局アナに採用される、男性アナウンサーへの登竜門的アルバイトだった」からだという。その後、笠井アナもフジテレビに入社か決まった。

 笠井アナは、「一慶さんはアシスタントである私に何かを教えようと言う事はせずに、『自分で盗みなさい』そういうタイプの方でした。一慶さんは、その後フリーアナウンサーになりましたが、いろいろと波乱の道を歩まれました。私の中では、人気アナウンサーとしてキラキラ輝いていた一慶さんの明るい笑顔しか記憶にありません。75歳でいらっしゃったと言うことです。一慶さん、いろいろありがとうございました」と感謝。さらに「私は、これから生き抜かなければなりません。がんばります。ご冥福をお祈りいたします」と結んだ。

 笠井アナは19年12月にがんを公表し、4カ月以上に及んだ入院生活を経て今月中に退院できることが決まったものの、最終的な体のチェック、そして「コロナとの戦い」に向け「私は、無菌状態だったこともあるこの部屋から、ウイルスの蔓延している世界に、初めて飛び出すのです」とし「自宅内#セルフロックダウン」を決意しているという。

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