ブル中野 1997年以降“空白の13年間”を語る「何かこう、恥ずかしかったんですよね…」

[ 2019年7月7日 22:39 ]

元女子プロレスラーのブル中野
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 元女子プロレスラーでタレントのブル中野(51)が6日、テレビ朝日「いまだにファンです!」(土曜深夜1・30)に出演。1997年以降の“13年”もの間、表舞台に姿を現さなかった理由を語った。

 同番組はゲストのファンをスタジオに呼び、ファンにゲストの魅力を語ってもらうのが主な内容。ただ、今回はブルのキャラもあってか、感謝よりもクレームが多め。遠征用の衣装を発注した後、「お金出してもいいよ」とファンに要求することもあったとか。それを聞いたMCの今田耕司(53)は、ブルに向かって「なんちゅう極悪同盟!!」と、ブルの現役時に所属したグループを引き合いに出しディスっていた。

 そんな温かいファンに囲まれながら“最強の女子プロレスラー”として活動を続けていたブルだが、1997年、ファンに何も告げることなくプロレス界から姿を消す。そして、2000年には“アメリカでプロゴルファーを目指し修行中”との記事が世に出回ることに。引退発表もせずにプロゴルファーになろうとしている…これはプロレスラー・ブル中野のファンたちにとって「最大の裏切り」ともいえる行為だった。

 ファンには何の連絡もなく、ファンクラブも自然消滅。2010年にブルがテレビ出演するまでの13年間、表舞台に出てくることもなかった。

 これについてブルは「なんかこう、恥ずかしかったんですよね…。ケガ(1997年、アメリカの試合で左ひざじん帯断裂)して全然プロレスできなくなった自分が…。復帰は無理だなって思ってたんで」と告白。思うようなパフォーマンスができない自分を、ファンには見せたくなかったというのだ。

 今田は「それだったら引退という形をとって、ちゃんとファンの人が望むように大々的にやれたじゃないですか?ブル中野なら」と問いただすと、ブルは「プライドが高すぎて(弱いブル中野で)人前に出るのが嫌だった」と釈明。「女帝」として君臨した、強い“ブル中野”のままでいたかったというのが本音だったようだ。

 しかし2010年に結婚したことを機に、そんな自分から脱却することを決意。2012年1月に心残りだった引退興行を行い、愛するファンたちの前で、晴れてプロレスラーの“ブル中野”と決別したのだった。

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