5月に「六代目松喬 七回忌兄弟会」 七代目松喬「真剣に大きなネタを」

[ 2019年3月15日 12:19 ]

「七回忌追福・六代目松喬 リスペクト落語会」の発表会見に臨む(左から)笑福亭生喬、六代目笑福亭松喬、笑福亭遊喬
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 「七回忌追福・六代目松喬 リスペクト兄弟会」(5月1日、心斎橋角座)の発表会見が15日、大阪市内であり、七代目笑福亭松喬(58)は「落語が好きな師匠でした。師匠のコンセプトの通り、真剣に大きなネタをやります」と語った。

 6年前の13年7月30日に肝臓がんのため62歳の若さで亡くなった六代目松喬さん。17年10月に名跡を継いだ七代目松喬が発案し、実現。午前の部では笑福亭遊喬(54)と、昼の部では笑福亭生喬(50)とそれぞれ「ふたり会」を開く。「松喬・遊喬ふたり会」では松喬が「質屋蔵」「花色木綿」を、遊喬が「住吉駕籠」「一門笛」を演じ、さらに「松喬・生喬ふたり会」では松喬が「抜け鼠」「近日息子」を、生喬が「百年目」「手水廻し」を演じる。遊喬は「心斎橋角座は初めて。師匠の得意ネタをやります」と語り、生喬は「兄弟子の胸を借りたいと思ってました」と意気込んでいる。

 会見では師匠との思い出話が飛び出した。松喬は「62歳で亡くなった。若かったですね。私が58。あと4年ですよ」と苦笑い。生喬は「手水廻しは師匠がよくやってたネタ。松鶴師匠が先代の目の前で、10日間で20回も手水廻しをやってもらったという話を、師匠(先代)が飲んでる席で、泣きながらしてくれました」と六代目松喬さんにとって「手水廻し」は大切な思い出のネタであることを明かした。生喬が手水廻しをやりたいと願い出たが「あんな難しい話はないで」と生喬は一括されたが「私はコソッとやってました」と師匠のネタを見て盗んだそうだ。

 また、2月22日に93歳で亡くなった笑福亭松之助さんについて、「ウチの師匠は松之助師匠から“へっつい幽霊”をもらってます。その時に大喧嘩したそうです」。道具屋の「お越しやす」で噺が始まるのだが、その最初の入り方について「適当でいい」という松之助さんと、六代目松喬さんの「客は買いに来てるのだから、ていねいに応対しないとあきません」との持論の違いで、稽古の最初の1日が終わったというエピソードを披露した。

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