「白い蝶のサンバ」森山加代子さん78歳で死去 大腸がん先月検査で発見 

[ 2019年3月7日 05:30 ]

70年、熱唱する森山加代子さん
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 「白い蝶のサンバ」「月影のナポリ」などのヒット曲で知られる歌手の森山加代子(もりやま・かよこ、本名林紀代子=はやし・きよこ)さんが6日午後4時51分、大腸がんのため都内の病院で死去した。78歳。北海道出身。葬儀・告別式は近親者のみで行う。喪主は夫の林正和(はやし・まさかず)さん。後日お別れの会を開く。先月13日に検査で大腸がんが発見され、入院していた。

 「白い蝶のサンバ」が発表された1970年から、マネジャーを務めていた夫の林正和さんによると、森山さんは先月に入り、食欲がなくなるなど体調に変化がみられた。病院嫌いで診察を拒んでいたが、周囲に説得され、精密検査を受けたところ、先月13日に大腸にがんが見つかった。すでに他臓器にも転移していたという。

 入院後は自力で歩くことができたが、5日夜から発熱した。亡くなる約1時間前から手が冷たくなり、林さんが手を握り温めていたところ「お父さん、ありがとう。迷惑かけて…」と最期の言葉を発し、そのまま眠るように旅立ったという。

 森山さんは18歳だった1958年(昭33)に、札幌のジャズ喫茶で歌っていたところをスカウトされ上京。60年のデビュー曲「月影のナポリ」がいきなり大ヒットを記録した。その後「じんじろげ」「ズビズビズー」「パイのパイのパイ」など特徴的な響きで流行語にもなった数々の曲をヒットさせ、それまで男性歌手中心だった、ロカビリー界のアイドルとして活躍した。

 独立後の70年、阿久悠氏作詞の「白い蝶のサンバ」が大ヒットし再ブレーク。♪あなたに抱かれて私は蝶になる――と、早口言葉のような出だしが大人気となり、当時ほぼ無名だった阿久氏にとっても出世作となった。

 2012年ごろまで歌手として活動していたが、林さんによると13年ごろに3度目の声帯ポリープ除去手術を受けた後は徐々に第一線を退き「4、5年前からは、友人の歌手のディナーショーなどに顔を出す程度で、事実上引退したような状態だった」という。最後のステージは昨年9月15日に千葉県柏市で行われたオールディーズのコンサート。林さんは「ポリープ以外はほとんど病気知らずだったのだが…」と突然の別れが信じられない様子だ。

 ◆森山 加代子(もりやま・かよこ)1940年(昭15)3月23日生まれ、北海道出身。58年「水原弘とブルーソックス」の専属シンガーとなり、59年12月に「日劇ウエスタンカーニバル」に初出場。NHK紅白歌合戦にはレコードデビューした60年から62年まで3年連続出場。70年に返り咲き、計4回出場。

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