西城秀樹さん通夜 郷ひろみ「ぽっかりと大きな穴が空いてしまった」

[ 2018年5月25日 19:17 ]

<西城秀樹さん・通夜>弔問に訪れた郷ひろみ(撮影・尾崎 有希)
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 16日に急性心不全のため63歳で亡くなった歌手の西城秀樹(さいじょう・ひでき、本名木本龍雄=きもと・たつお)さんの通夜が25日、東京・青山葬儀所で営まれた。

 デビュー当時に西城さんとともに「新御三家」と呼ばれた野口五郎(62)、郷ひろみ(62)をはじめ、親交があった歌手の和田アキ子(68)、五木ひろし(70)、女優の浅田美代子(62)ら多くの著名人が参列した。

 取材に応じた郷は「残念ですね。早すぎますね」と絞り出し、「たくさんのことをずっと同時に生きてきた人間なので、本当に僕が16歳でデビューした時から毎日のように一緒にいましたから。一緒にいることが当たり前という感覚で生きてきたので、余計にポッカリと大きな穴が空いてしまった」と無念の表情を見せ、「皆さんから新御三家って呼ばれて、それぞれが生きてきて、それぞれ独特の個性を持っていたからそう呼ばれたんだと思う。僕にないダイナミックさ、本当に素晴らしいものを持っていたので、少しでも後からデビューした僕にとっては本当に背中を見て、一生懸命学んできた。一番最初にデビューした五郎は長男で、秀樹が次男で、三男が僕という意識があった。これからもその関係は変わらないと思っているし、それが先に行くなんてちょっと…残念でしょうがない」と語った。

 最後に会ったの約2年前の雑誌の対談。会場に飾られた特大パネルの写真を撮影した時だといい、「新御三家の3人で、お話したのが最後でしたね。まさかこんなことになると思ってなかったので、ずっと頑張り続けてきて、ファンのかたに支えられてきたとそれぞれに感じてきて、これからも歌い続けていこうと言っていたので残念ですね」と話した。

 ともに時代を過ごした野口については「僕よりも遥かに秀樹に近い存在でいたと思う。本当に悲しみは想像つかないぐらい深いと思う」と気遣った郷。「僕たちが短いって言っても彼の中では僕たちが生きる分、一生懸命生きたんだろうなと思う。心から安らかに眠ってほしいな」と悼んだ。

 祭壇は、1974年に日本のソロ歌手で初となる野球場での単独コンサートを大阪球場で成功させた西城さんの功績を称え、同球場の外野スタンドをモチーフにしたもの。白や赤のバラなど約1000本の花が飾られた祭壇のセンターの上方に遺影に置かれた。遺影は2001年の宣材写真で穏やかに微笑む西城さん。中央には、グラウンド部分には西城さんが常に使っていた真っ白い1本のマイクスタンドを設置された。

 会場では、大阪球場で歌われた曲など、20曲のヒット曲がBGMで流された。

 戒名は「修音院釋秀樹。「修」はお父様のお名前から1文字取り、「音」は音楽界で歌を通じて世界中の人々に夢を与えた偉大な功績を表した。芸名として長く親しまれ、法名に用いるふさわしいことから戒名にも「秀樹」を読み方をそのままに使用したという。会場前には「新御三家」の特大の写真パネルが飾られた。一般参列者用にも祭壇が設けられ、2014年のコンサートの写真が入ったポストカードが配布された。

 ポストカードは2日間で2万枚用され、開始数時間前から多くのファンが列を作った。葬儀・告別式は26日に同所で午前11時から執り行われ、司会はフリーアナウンサーの徳光和夫(77)が務め、野口らが弔辞を読む。

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