麻央さん最期の言葉は「愛してる」 海老蔵涙…早すぎる34歳の旅立ち

[ 2017年6月24日 05:30 ]

10年1月29日、婚約会見で笑顔を見せる市川海老蔵と小林麻央さん
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 歌舞伎俳優市川海老蔵(39)の妻で、乳がんで闘病中だったフリーアナウンサーの小林麻央(こばやし・まお、本名堀越麻央=ほりこし・まお)さんが22日夜、死去した。34歳。東京都出身。葬儀・告別式は近親者のみで行う。2014年10月、乳がんの告知を受けていた。海老蔵は23日、都内の劇場で会見し、麻央さんの最期の言葉が「愛してる」だったと涙ながらに明かした。幼い子供2人を残し、あまりにも早い麻央さんの旅立ちに日本中が涙に暮れた。

 「息を引き取る瞬間を見ていました。その時に“愛してる”と言って。彼女が……その一言を言って。泣いちゃいますよね。そのひと言。“愛してる”と言って、そのまま旅立ちました」

 海老蔵はそう言って、涙を拭った。

 「愛されていたことは分かっていたんですけど、最後の最後まで愛してくれていたことに…。何とも言えませんね」と絞り出し、再び涙を拭った。

 ステージ4だった麻央さんは21日までは会話ができたが、22日に容体が急変。言葉を発することができなくなった。そんな中で残した「愛してる」だった。

 最期は、長女麗禾(れいか)ちゃん(5)、長男勸玄(かんげん)くん(4)と麻央さんの両親、姉でフリーアナの小林麻耶(37)ら家族がみとった。

 海老蔵が前日の22日夜、終演後に撮影と稽古を終えたところ、スマートフォンに麻央さんの母親から「具合が悪い」という連絡が届いていた。急いで帰宅。「まだ麻央はこの世にいてくれた」と目頭を押さえた。

 麗禾ちゃんは麻央さんが亡くなった22日夜、麻央さんのそばを離れず、寄り添って寝ていたという。この日朝は、勸玄くんと2人で麻央さんの顔を触ったり、足をさすったり、手を握ったりしていた。母親から離れたくない幼い子供たちの姿。「麗禾は(母親の死は)認識はしていると思います。勸玄は分かっているんですけど、分かっていないところもあって…」と言葉を詰まらせた。

 麗禾ちゃん、勸玄くんは毎朝のように、幼稚園の近くの神社に付き添いの麻央さんの母親とともに立ち寄り、小さな手を合わせ、回復を祈っていた。目撃した近所の人は、一生懸命なその姿に一緒に心の中で祈ったという。

 5月29日に約1カ月半の入院生活を終え、在宅医療を受けていた麻央さん。目標にしていたのは、勸玄くんが歌舞伎史上最年少で宙乗りを披露する「七月大歌舞伎」(7月3日初日、東京・歌舞伎座)を観劇に行くことだった。だが、それはかなわなかった。

 「強い母でありたい」と昨年9月1日に開設したブログ。最後の更新は今月20日、母親が搾ってくれるオレンジジュースについて「口内炎の痛さより、オレンジの甘酸っぱさが勝る最高な美味(おい)しさ!」と前向きにつづっていた。子供たちの成長を見ずに旅立った麻央さん。その悲しみは計り知れない。日本中が奇跡の回復を願ったが、祈りは届かなかった。

 ◆小林 麻央(こばやし・まお)本名堀越麻央(ほりこし・まお)1982年(昭57)7月21日生まれ。東京都出身。上智大在学中、日本テレビ「恋のから騒ぎ」に出演。美貌と清楚(せいそ)さで人気を集めた。ドラマやCMにも出演。06年に日本テレビ「NEWS ZERO」のキャスターに抜てきされた。05年のフジテレビドラマ「スローダンス」に出演するなど女優としても活動。海老蔵とは08年、「NEWS ZERO」での対談をきっかけに交際。10年の婚約会見では海老蔵の浮気の心配について「ZEROです」。同年の挙式・披露宴の4カ月後に海老蔵が暴行事件に巻き込まれ、ケガで入院した夫を泊まり込みで看病した。

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