小林桂樹さん逝く…サラリーマン像非凡に演じる

[ 2010年9月19日 06:00 ]

2005年、テレビ東京「黄昏、その後」の完成披露会見に臨んだ小林桂樹さん。中央は市原悦子、右は愛川欽也

 サラリーマン喜劇やテレビドラマなどで幅広く活躍した俳優の小林桂樹(こばやし・けいじゅ、本名同じ)さんが16日午後4時25分、心不全のため東京都港区の病院で死去した。86歳。群馬県出身。葬儀・告別式は親族のみで済ませた。今年7月に肺炎を患い入院していた。高度成長期のサラリーマン像を演じて人気を呼んだ名優の死に芸能界から惜しむ声が上がった。後日、お別れの会を開く。

 所属事務所によると、小林さんは今年7月上旬、肺炎を患い、都内の病院に入院。今月に入って病状が悪化し、退院することなく息を引き取った。
 約2週間前、日大の先輩・後輩で家族ぐるみの付き合いをしていたタレントの毒蝮三太夫(74)のもとに、小林さんの長女から「親しい人に会わせたいから病院に来てほしい」と連絡があった。毒蝮はその時の面会の様子について「少し話すことはできた。毒舌家の小林さんらしく“なんだおまえか”というような顔をしていた」と話した。
 最後の作品は昨年9月公開の映画「星の国から孫ふたり」。今年8月14日にTBSで放送されたビートたけし(63)主演ドラマ「歸國(きこく)」への出演が決まり、今年5月上旬に東京・赤坂の同局で行われた顔合わせには出席したが、その後、事務所から体調不良を理由に降板の申し出があったという。
 小林さんは故森繁久弥さんの「社長」シリーズや大卒新入社員を描いた「ホープさん」など、誠実で平凡なサラリーマンの哀歓を巧みに演じ、東宝映画の看板スターとなった。テレビでもNHK大河ドラマ「勝海舟」や同局ドラマ「赤ひげ」などで活躍。社会派ドラマからコメディータッチの作品まで、幅広い芸域で活躍した。紫綬褒章、勲四等旭日小綬章も受章している。
 華麗な芸歴の一方で面倒見が良く、多くの後輩俳優が相談事を持ち掛け、毒蝮のほか、小野ヤスシ(70)、渡辺篤史(62)、名高達郎(59)らの仲人を務めた。毒舌家で明るいキャラクターだが、07年7月に50年以上連れ添った妻を亡くした後は元気をなくしていたという。それまで住んでいた都内の自宅から長女の自宅近くに引っ越して暮らしていた。
 昨年、毒蝮や小野をはじめ、俳優仲間が集まり、「小林桂樹を激励する会」を開き、「長生きしてください」と励ましていた。

 ◆小林 桂樹(こばやし・けいじゅ)本名同じ。1923年(大12)11月23日、群馬県生まれ。五輪の勝利のシンボル「月桂樹」にちなんで警察官の父親が「桂樹」と命名。41年日大を中退して日活に入社。42年「微笑の国」でデビュー。52年に東宝と契約。「三等重役」や森繁久弥さん主演の「社長」シリーズなどで人気者に。58年「裸の大将」、60年「黒い画集」、63年「江分利満氏の優雅な生活」「白と黒」、99年「あの、夏の日 とんでろ じいちゃん」で4度毎日映画コンクール男優主演賞を獲得。

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