山城新伍さん 弟の到着“待って”静かに逝く

[ 2009年8月15日 06:00 ]

12日亡くなった山城新伍さん。撮影は2001年10月25日

 東京都町田市の特別養護老人ホームで12日午後3時16分、嚥下(えんげ)障害による肺炎のため70歳で死去した俳優山城新伍(やましろ・しんご、本名渡辺安治=わたなべ・やすじ)さんの密葬が14日午前、都内で営まれた。遺骨は京都に住む弟・渡辺鎮雄さん(69)が引き取った。お盆明けに本葬・告別式が京都で行われ、後日、俳優仲間の松方弘樹(67)梅宮辰夫(71)曽根晴美(71)の3人が発起人となって「お別れの会」を開く方向で話を進めている。

 山城さんは京都から駆けつけた弟にみとられて静かに息を引き取った。午後4時前、兄の遺骨とともに京都市上京区の自宅に戻った鎮雄さんが取材に応じ、臨終の様子などを明かした。
 老人ホームには昨年6月に入所。糖尿病とも闘っていたが、10日に危篤の連絡が入った。11日に東京に向かおうとしたが、静岡地震の影響による新幹線の運休で断念。翌12日に慌ただしく駆けつけた。酸素吸入を受けていたため会話はできなかったが、しっかりと視線を合わせ、鎮雄さんが取った手を握り返してきたという。弟の到着を待っていたかのような臨終だった。マネジャーからは「遺影にしてほしい」と写真を託されたという。
 最後に言葉を交わしたのは先月6日。同ホームの静養室だったが、イエス、ノーを答えられる程度の意識レベル。寝たふりをすることもあったそうで「年子の弟にいろいろ言われるのがいやだったかもしれませんね」としみじみ語った。
 父親が44歳で死去。それを超えるのが目標と言っていたそうで、45歳を迎えた時には盛大に祝ったという。男3人、女2人の5人きょうだい。鎮雄さんは「芸能界で言いたいことを言ってよく生き延びてきた。豪快さと繊細さを兼ね備えた人だった」と兄をしのんだ。96歳の母親は息子の死を冷静に受け止めたそうだ。山城さんは80年代後半に京都市左京区の寺と、先祖の墓がある金閣寺そばの寺の2カ所に自ら墓を購入しており、鎮雄さんは分骨を検討。盆明けに本葬、告別式を行う予定という。
 映画からテレビのバラエティーまで幅広く活躍し、「チョメチョメ」という流行語も生み出した山城さんの悲報に芸能界も悲しみに包まれた。「仁義なき戦い」シリーズなどで共演した松方は「頑固でへそ曲がりの先輩でしたが、本音はとても優しかった。日本の時代劇を築いた優秀な人たちがどんどん亡くなってしまい残念。僕たち世代で日本の良き文化を伝えていかなければ」と誓いを新たにした。結婚、離婚を2度繰り返した女優の花園ひろみ(68)と娘の南夕花(42)はこの日、対応しなかった。

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