【内田雅也の追球】「没頭」のリリーバー

[ 2026年3月8日 08:00 ]

オープン戦   阪神1―0ソフトバンク ( 2026年3月7日    甲子園 )

<神・ソ>8回を投げ終えたモレッタ(左)は三塁ベンチへ向かいかけて、佐野に止められる(撮影・椎名 航)
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 阪神新外国人投手ダウリ・モレッタが8回表を無失点で切り抜け、間違えて三塁側ベンチに歩んだ。一塁側ベンチの監督・藤川球児が前に出て「こっち、こっち」と手招きした。三塁手の佐野大陽にうながされて気づき、苦笑いしていた。

 「ま、興奮していたんでしょうね」と試合後、藤川は言った。「アドレナリンが出てくるのは重要なこと。自分が最高潮に達する、ゾーンに持っていってもらいたい」

 場内の笑いも誘った珍しい光景に、藤川と同じことを考えていた。

 「ゾーン」は藤川が今春のキャンプでのテーマに掲げた「没頭」に通じている。極限まで集中し、周囲の光景が見えなくなる(目に入らない)、音が聞こえなくなる(耳に届かない)ほどの没頭状態を指す。

 大リーグ数球団でメンタル強化を担当したH・A・ドルフマンらが著した『野球のメンタルトレーニング』(大修館書店)には、通算329勝の大投手スティーブ・カールトンについて<マウンドに立つと、バッターのことなどほとんど考えていないと言う><ただ、自分とキャッチャーとホームベースだけが、彼のすべての関心事だったのである>とあった。

 映画『ラブ・オブ・ザ・ゲーム』にもなったマイクル・シャーラの小説『最後の一球』(ハヤカワ文庫)で、主人公の投手は大一番で<意識のなかに、もはや大観衆は存在しなかった><いま彼がはいろうとしているのは、狭く、透明で、強烈な、魔法の世界だった>と集中力が高まった。

 モレッタはそんな境地にまで心を高めていたのだろう。一塁側アルプススタンド下のブルペンから自身で選んだ『NARUTO―ナルト―』のオープニング曲『ブルーバード』が流れるなか、マウンドに向かった。2死二塁を招いたが、速球で三振に切ってしのいだ。ベンチのことなど、頭になかったのである。

 大リーグ通算112試合で先発は1試合。藤川が言う「生粋のリリーバー」は自身の心を高める術を知っているのだろう。

 ドミニカ共和国出身。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で母国は初戦を12―3と大勝。試合前、ネットフリックスで見た彼らはお祭り騒ぎだった。そんなラテンの血を思う。

 重傷の石井大智を欠くいま、この日同様、8回を任せるだけの期待を抱かせた。 =敬称略= (編集委員)

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