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引退したメジャーNo.1捕手とヤクルト・高津監督の意外な接点

[ 2021年11月5日 17:15 ]

引退記者会見に臨むジャイアンツのポージー(AP)
Photo By AP

 大リーグを代表する捕手、ジャイアンツのバスター・ポージーが4日、現役引退会見を行った。まだ34歳。今季も打率・304、18本塁打の好成績で、球団記録のシーズン107勝に大きく貢献していた。引退の理由は「できるだけ家族と時間を過ごしたい」。昨季も双子を養子として迎えたため、コロナ禍の状況で家族に寄り添うためにシーズンを欠場。来季は年俸2200万ドル(約25億円)のオプション契約があり、選択権がある球団が行使するのは確実だったが、ポージーは残りの人生を生まれ故郷のジョージア州で家族と過ごす道を選んだ。

 エンゼルスの大谷が「人としても素晴らしい」とのコメントを出したように、実績だけでなく、人格も素晴らしい選手だった。そのポージーがメジャーデビューする前、バッテリーを組んだ日本人投手がいる。今季セ・リーグ制覇を果たしたヤクルトの高津監督だ。

 2009年。現役続行の道を探るために韓国プロ野球から再び米球界に挑戦した高津監督は、同年7月、40歳でジャイアンツとマイナー契約を結んだ。3Aフレズノで14試合に登板したが、その時の正捕手が若かりしポージーだった。とはいえ、前年のドラフトで全体5番目指名を受けた将来のスター候補。当時、高津監督はこう印象を語っていた。

 「私服でいれば大学生のようで、プロ野球選手には見えない。いつも古くて小さい車に乗って球場に来ていた。とても将来スーパースターになるようなオーラはなかった」

 3Aで40歳の選手は珍しい。シーズン途中の入団とあって、ひと回りもふた回りも下の選手たちから「こいつ、誰だ?」という目でも見られていたという。そんな中、22歳のポージーは突然、日本からやってきた投手の球種や特徴を理解しようと、積極的にコミュニケーションを図ってきたという。若い時から謙虚で、周囲への気遣いもできる。高津監督が「捕手向きの性格」と話していたのを思い出す。

 当時の3Aフレズノにはもう一人、ヤクルトに縁がある人物がいた。高津監督ともチームメートだったヘンスリー・ミューレン打撃コーチだ。彼の指導でポージーは打撃力を飛躍的に向上させ、その年の9月にメジャー初昇格。翌年は新人王を獲得し、メジャーNo.1捕手に駆け上がった。

 現在、日本でも導入されている「コリジョン(衝突)ルール」のきっかけになったのも、11年にポージーが本塁での衝突プレーで重傷を負ったこと。それ以降、捕手を守るルールができた。メジャーでのプレーは12年間だったが、ポージーが残した功績は大きい。(記者コラム・甘利 陽一)

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