【内田雅也の追球】「2死一塁」の攻防で主導権握った阪神 「長打生還」狙う走者心理の綾

[ 2021年8月25日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神8ー2DeNA ( 2021年8月24日    京セラD )

<神・D(19)>3回2死一塁 投手のけん制でアウトになる1走・神里(一塁手・サンズ)
Photo By スポニチ

 今は亡き島野育夫が「あれで引退を決意した」というプレーがある。1980(昭和55)年、阪神の守備走塁コーチ兼任の外野手だった。4月29日、甲子園での巨人戦。0―2の9回裏2死一、二塁、一塁走者・藤田平の代走で出た。マウンドに江川卓、打席に大物新人の岡田彰布がいた。

 「よーし、岡田が外野の間を抜いたら(同点の本塁に)還ってやると思った。リードも大きく取ってな。そしたら……」捕手・福島知春からのけん制で刺され、岡田はバットを振ることなく試合終了。5万観衆からため息がもれた。

 何しろ、その日は人気の岡田が本拠地・甲子園で初めて先発出場した日だった。東京六大学時代に名勝負を繰り広げた江川との対戦に注目が集まっていた。「走塁コーチの走塁ミス」とずいぶん批判された憤死だった。

 俊足走者でならした島野も「限界を悟った」。生前、秋季キャンプ中の高知・安芸の用具部屋で聞いたのを覚えている。

 このように、2死一塁での一塁走者が念頭に置くのは「外野を抜けたら本塁」という二塁打生還だ。リードを広く、スタート良く、と努める。そこに心理的な攻防の綾が生まれる。

 この2死一塁での一塁走者で明暗が分かれ、阪神は主導権を握り、快勝につなげた。ともにリクエストによるリプレー検証となる間一髪のプレーだった。

 2回裏の攻撃。2死からメル・ロハス・ジュニアが左前打。続く木浪聖也の左中間二塁打で長駆(ちょうく)生還を果たした。木浪インパクトの瞬間から生還まで手もとの計測で10秒76と確かに速かった。ロハスは俊足なのだ。二塁、三塁を蹴った際の無駄な膨らみもなかった。走塁技術も高い。さらに「回れ」を指示した三塁ベースコーチ・藤本敦士の勇気ある判断もあった。

 打球は遊撃頭上をライナーで抜き、フェンス手前で左翼手・佐野恵太が抑え、遊撃・森敬斗との中継もよどみがなかった。本塁へ頭からすべり込んだロハスの左手が一瞬早かった。プロらしい見事な走・守の激しい攻防だった。

 直後、3回表の守り。青柳晃洋は2死から神里和毅に四球を与えた。青柳は打者・佐野に4本のファウルを含め、8球を要して2ボール2ストライクとてこずっていた。

 9球目を投げる前、けん制球を放った。余裕でセーフ。そしてやや長めのセット制止からまた一塁にけん制し、見事に刺したのだ。青柳のけん制刺はプロ3個目だった。

 入団当初、苦手にしていた送球やけん制球を徐々に克服してきた。昔はなかった連続けん制球だった。ひょっとすれば、DeNA側には「青柳は続けてけん制球を投げない」との情報が伝わっていたかもしれない。だから神里はより広いリードとより早いスタートが頭にあったと思われる。

 佐野を打ち取るのに苦しんでいた場面である。打率首位を争う佐野は二塁打26本もリーグ最多タイだ。「二塁打で失点」というピンチで、青柳は投球ではなく、けん制で自らを救ったのだった。 =敬称略= (編集委員)

続きを表示

2021年8月25日のニュース