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【阪神新人連載】中野 日大山形での二塁転向を機に進化

[ 2020年12月24日 11:00 ]

牙を研ぐルーキー2020 6位・中野拓夢内野手(下)

13年、日大山形で夏の甲子園に出場した中野
Photo By スポニチ

 日大山形に進学後、遊撃を守る1学年上の奥村展征(現ヤクルト)の控えとして過ごしていた拓夢に大きな転機が訪れた。2年春の山形大会でチームは準々決勝敗退。東北福祉大では阪神・矢野燿大監督の3学年下だった荒木準也監督(49)は夏に向け危機感を抱き「起爆剤という意味があった」と拓夢を二塁レギュラーに据えた。「ボールさばきとスローイングの速さ、走塁技術なら歴代1位」という守備と足を買った、抜てきだった。

 「本当に自分で大丈夫なのか、迷いはありました。でも中学時代に遊撃も二塁もやっていたので、不安はありませんでした」

 今も帰省時に真っ先に連絡する奥村に食らいつき、短い期間で連係を合わせた。「先輩として一番尊敬する方。何よりもチームのことを考える熱い人」に引っ張られ「2番二塁」で山形大会を制して6年ぶりの甲子園出場を決めると、聖地でも日大三、作新学院、明徳義塾の甲子園大会優勝校を撃破。準決勝で優勝した前橋育英に敗れたが、ベスト4は今も山形県勢の最高成績として残る。

 「打撃でも飛ばす力がついたことを実感した」と秋の国体では2本塁打。主将を務めた3年時は甲子園出場はかなわなかったが、入学時から身長は劇的に伸びて1メートル70となり、40キロだったベンチプレスも110キロをあげるまでになった。

 東北福祉大では1年秋に就任した元西武の大塚光二監督から指導を受けたことで進化した。送球を引っかけることが多かったが「軽く上に投げてみたら」と助言を受け安定した。打撃では1年秋から両打ちに挑戦したことで体幹も強くなった。4年春秋は二塁手ベストナインを獲得しプロから注目されたが「自信を持ってから行きたかった」とプロ志望届は提出しなかった。

 三菱自動車岡崎では1年目から正遊撃手の座をつかみ、オフに社会人選抜の一員として参加したアジア・ウインターベースボールリーグ(台湾)で日韓台のプロ相手に70打数26安打の打率・371を記録するなど確実に成長。阪神からの指名を勝ち取った。

 「ここ(三菱自動車岡崎)で2年間遊撃を守り続けたことが自信につながった。鳥谷さん(現ロッテ)はずっと試合に出続けられていた。体の強さもそうですし、走攻守三拍子そろっているので、自分もそういうショートになりたい」

 中学時代からの憧れは、超えるべき存在となった。(北野 将市)

 ◆中野 拓夢(なかの・たくむ)1996年6月28日生まれ、山形県天童市出身の24歳。小2から野球を始め、中学時代は山形シニアに所属。日大山形では2年夏の甲子園で4強入り。東北福祉大では1年春からベンチ入りし、3年春は遊撃、4年春秋は二塁でベストナイン。三菱自動車岡崎では1年目から正遊撃手。1メートル71、69キロ。右投げ左打ち。

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