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プロ16年間で体重増減は6キロだけ スマートな能見の体形には妻との苦闘が

[ 2020年11月12日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神1-0DeNA ( 2020年11月11日    甲子園 )

<神・D24>ナインとの記念撮影を終えマウンドのプレートに立ちお辞儀する能見(撮影・後藤 正志)
Photo By スポニチ

 【記者フリートーク】今から9年前、11年の春季キャンプ中だった。何も聞かされず先輩記者に場所と時間を指定されて向かった沖縄の豚しゃぶ店に能見さんはいた。当時、記者2年目。「ごあいさつよろしいですか?」震える手と上ずる声で名刺を差し出すと「俺は厳しいよ」と不敵な笑み。その意味も分からず、その後はひたすら相づちを打つことしかできず、時間は過ぎていった。何をしゃべったのか覚えていない…いや、緊張で何も発することができなかった。

 ほどなく、投手担当として取材する機会は増えていった。「質問が浅いんよ」「結局、何を聞きたいの」…。突き刺さる“トゲ”は確かに痛かった。ただ、何度もぶつけた質問には最後は必ず足を止めて丁寧に答えてくれる。「厳しさ」の後味が「優しさ」に変わる。そんな人だった。

 人生で経験したいろんなことを教えてくれた。社会人4年目にはイップスを経験。「俺も二塁、三塁送球が全くできなくなったからな」。当時は金属バットで「4、5点差でもすぐにひっくり返される。ストライク投げたら打たれると怖がっていたら四球、四球で」と今では想像もつかない過去を振り返った。

 家族も支えだった。入団時は68キロ。夏場に減りやすい体重を増やすべく2年目から妻・千江子さんと二人三脚で増量に取り組んだ。1日4食。「夜中4時、5時まで食べて。合間に2人で“桃鉄”やって。見るだけで吐いたこともあったから」。プロ16年間で推移したのは68キロ~74キロの間だけ。無駄のない“等身大”で戦ってきた。

 3人の子供たちは、腕を振る原動力。ウイニングボールをそれぞれの誕生日に手渡してきた。今、男の子2人は野球をしている。今春キャンプ中には、小学生の長男・凌成(りょうせい)君について「ジョー(北條)の打撃フォームをまねてバットを振ってるわ」とうれしそうに話してくれた。

 気づけば、名刺を渡したあの日から10年近くが過ぎた。「時間がたっても成長せえへんねんなぁ」。スポニチが掲載した独占手記取材の最後、能見さんはそう言って笑った。(阪神担当・遠藤 礼)

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