入団1年目から「自分の軸」持っていた松坂 14年ぶり西武キャンプで触れてみたい「今」

[ 2020年1月24日 09:30 ]

西武の松坂大輔
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 まもなく12球団がキャンプインする。今年はロッテの佐々木朗希投手、ヤクルトの奥川恭伸投手の高卒ドラフト1位が注目されている。思い出されるのは99年、高知春野キャンプでの西武・松坂大輔投手だ。球場移動のために影武者(谷中真二投手)まで出現。あのフィーバーは異常で、今も語り草になっている。

 当時の監督だった東尾修氏(スポニチ評論家)は「高知市内で外で食事をしようとしても、必ずファンの方々や報道陣に出くわす。チームの込み入った話はできない。車で1時間以上かけて高知以外の場所で食べていた」と話す。監督が外食に気を遣うような異常な状況が当時はあった。

 松坂にその話を振ると「そうだったんですか?」とどこ吹く風。「ファンの方々の熱気は伝わってましたが、僕はどうやったら1軍で結果を残せるかしか考えてなかった」と話してくれたことを記憶している。

 高卒新人でありながら、松坂の考え方は入団時から違っていた。評論家がいくらブルペン投球を見てようが関係なかった。入れ替わり立ち替わりアドバイスを送るOBがいようとも「全部聞いた上で、自分の中でその意味を考えて、取捨選択をできればいいと。自分の軸だけはぶらさないようにしていた」という。

 松坂はアピールすべきオープン戦でもシーズンを見据えた実験をしていたから恐れ入る。東尾氏は「開幕ローテーション入りを決断できたのは開幕前の最終登板となった3月28日の横浜(現DeNA)戦で6回1失点と結果を残したから。こっちはヒヤヒヤだよ。でも本人は結果は必要ないと思っていたらしい。18歳の考えることではない」と振り返る。当の本人も「オープン戦の最後だけは結果を求めにいった。それまではシーズンで結果を出すために必要なことを確認した」と話していた。

 そんな高卒新人は後にも先にも出てこないかもしれない。1年目から16勝を挙げ、シドニー五輪のアジア予選で日の丸も背負った。そんな「平成の怪物」は来年9月で40歳になる。14年ぶりに復帰した西武では10歳以上も若い投手と先発ローテーション入りをかけて競争する。昨年は中日で未勝利。結果を残せなければ批判もされる。周囲の厳しい目もある中、彼は何を考えるのか。キャンプでその考えに触れるのを楽しみにしたい。(記者コラム・倉橋 憲史)

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