【内田雅也の追球】情緒と勝負の両立――惜別の涙のなか勝ち続けた阪神

[ 2019年10月2日 08:00 ]

故・西村幸生投手の長女、ジョイス津野田幸子さん(左)と握手を交わす阪神・矢野監督(9月20日、甲子園球場)
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 一夜明けても、よく阪神は勝てたものだ、と感心している。前夜(9月30日)、クライマックスシリーズ(CS)進出を決めた今季レギュラーシーズン最終戦である。

 勝てば3位で進出、負ければ4位で敗退の土壇場だった。高橋聡文の引退登板があり、退団が決まっている鳥谷敬の公式戦最終戦でもあった。

 あまりに情緒的で、平常心ではいられない。勝って飾りたいとの感情が思い余って、逆の結果になることもよくある。
 監督・矢野燿大は思い出しただろうか。自身の引退試合がそうだった。

 日付も場所も同じ、2010年9月30日の甲子園。本拠地最終戦だった。既に引退発表していた矢野は9回2死からマスクをかぶる段取りでベンチ入りしていた。相手は横浜(現DeNA)。ところが3―1と2点リードの9回表、矢野のテーマ曲に乗り登板した藤川球児が連続四球から村田修一に逆転3ランを浴びた。矢野の出番はなくなった。

 当時阪神は優勝を争っていた。この敗戦でマジックナンバーは消え、この後、中日に優勝をさらわれたのだった。あの夜の矢野と藤川の涙を思い返していた。

 <名監督はセンチメンタルではつとまらない>と東大監督やプロ野球コミッショナー参与を務めた神田順治が著書『野球にはあらゆることがあてはまる』(ベースボール・マガジン社)で書いている。1961(昭和36)年、厳格な川上哲治が監督に就き、優勝した巨人についての論評だった。<往年の名監督ジョン・マグローのごとき厳格な、感情に走ることのない性質の人でさえ、目前の人情におぼれて失敗した>。感情を抑え、勝負に徹する姿勢を説いた。

 ところが、今回の阪神は違った。ランディ・メッセンジャー、横田慎太郎、鳥谷、高橋聡……と時には涙を流して惜別を告げながら、試合では勝ち続けた。ある球団幹部は「時代や世代が変わったのか」と漏らした。「今の選手たちはそれとこれとを一緒にできるんだ」。情緒と勝負の両立である。

 思い出した光景がある。9月20日、阪神草創期のエース西村幸生(戦死)の長女・ジョイス津野田幸子が甲子園を訪れた。チームは練習中だった。外野の芝の上で見つめていた矢野はベンチ前まで歩み寄り、握手を交わし、記念写真の撮影にも笑顔で応じたのだ。前夜は0―8と完敗で、CSの望みが薄らいだ翌朝である。崖っぷちに立つチームの監督として、普通はない行為である。

 矢野は「当然ですよ」と笑っていた。切羽詰まった状況でも、心には別の余裕があったのかもしれない。翌日から最後の6連勝が始まったのである。=敬称略=(編集委員)

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