【内田雅也の追球】修羅場では論理より直観――矢野監督の用兵奏功の阪神

[ 2019年9月30日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神6―3中日 ( 2019年9月29日    甲子園 )

5回2死、代打・陽川(左)を告げる矢野監督(撮影・北條 貴史)
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 修羅場では論理より直観が勝る。勝負の世界での定説を垣間見た。

 元チェス世界王者、ガルリ・カスパロフ(ロシア)は<集中時の直観は分析を超える>と著書『決定力を鍛える』(NHK出版)に記した。15年間も世界一の座に君臨した天才である。

 同じく天才と称されたプロ棋士、羽生善治も『決断力』(角川書店)で<直感によってパッと一目見て「これが一番いいだろう」と閃(ひらめ)いた手のほぼ七割は正しい選択をしている>と明かしている。直観、直感と表記は異なるが、同じ意味だ。

 クライマックスシリーズ(CS)進出に向け、阪神は一戦必勝の試合が続く。この修羅場で、監督・矢野燿大の用兵は直観が働いたのだ。

 0―0の5回裏、2死となって投手オネルキ・ガルシアに打席に回り、次打者席にいた鳥谷敬ではなく、陽川尚将を代打に送った。すると先制本塁打が舞った。

 “走者ありならば、つないでいこうと鳥谷。なしなら一発期待で陽川”という意図だろう。これは論理としてかなっている。これまでも見られた用兵である。

 見事だったのは6回裏1死満塁だ。中日が先発・柳裕也に代え左腕・福敬登を起用。打順は高山俊で代打・中谷将大もある場面だった。高山は今季対左投手に打率1割5分8厘(対右投手は2割9分2厘)。苦手も得意もなく、矢野は“高山が打つ”と直観したのだ。そして高山は追い込まれながらも、ゴロで中前へ抜ける2点打で応えた。

 前日28日、DeNA戦(横浜)での中谷先制決勝打について矢野は「俊もがんばっている」と名前を出していた。ある種の予感もあったのだろう。

 勝負事で羽生は<大局観>が重要だという。<本質を見抜く力といってもいい。その思考の基盤となるのが勘、つまり直感力だ。直感力の元になるのは感性である>。その感性は読書や音楽鑑賞や人との対話……で研ぎ澄まされるとしている。

 カスパロフも同じで、著書の原題を直訳すれば「チェスはいかに人生に似ていることか」。野球もまた人生に似る。つまり、修羅場ではどう人生を送るかという、人間力の勝負なのである。よく本を読み、野球界以外の人びとともよく交流する矢野は、知らずのうちに感性、そして直観が磨かれていたのかもしれない。

 もちろん監督の采配ばかりではない。選手たちは崖っぷちのシーズン最終盤にきて、高い集中力と激しい闘志を保ち続けている。だから近本光司(1回表)や北條史也(5回表)といった超人的な美技も出る。直観も相当に働いているはずだ。

 引退試合だったランディ・メッセンジャーへの惜別も快勝で飾った。さあ、もう一丁。レギュラーシーズン最終戦で今季の集大成といこうではないか。=敬称略= (編集委員)

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