元DeNA・土屋健二氏 睡眠3時間「必死」の転身 現在は3つの顔

[ 2016年5月3日 09:25 ]

DeNA時代の土屋健二氏=2014年4月13日、ヤクルト戦

 セカンドキャリアで結果を残したい。昨年限りで現役引退したDeNA・土屋健二氏(25)の肩書きはアスリートマネジメント会社経営、パーソナルトレーナー、保険代理店業務と多彩だ。「“何でも屋”と言われてもいい。プライドを持っていたらやっていけない。毎日、必死です」。

 横浜高で同学年の倉本、1学年下の筒香(共にDeNA)と3年春夏に甲子園出場。土屋氏は絶対的エースだった。08年ドラフト4位で日本ハムに入団。将来を嘱望されたが、現実は厳しかった。ファームでは格が違ったが、1軍で結果を残せない。12年オフにトレードでDeNA移籍。1軍登板なしに終わった昨年秋に戦力外通告を受けた。通算18試合登板で2勝3敗。「結果を残す選手は頭が良い。自分も考えて色々試したけど力が足りなかった。でも悔いはない。やりきりました」と現役引退を決断した。

 プロの8年間で日の目は見なかったが、有形無形の財産はたくさん手に入れた。パーソナルトレーナーの仕事は、トレーニングの知識が豊富なダルビッシュと日本ハム在籍時に自主トレした経験が礎になった。引退後に独学で様々なトレーニング理論を勉強。昨年12月に都内の一室で開業した。利用客に合わせたメニューを作成。男性客が中心で20~50代と年齢層は幅広い。 

 保険の資格取得を目指した理由は意外だった。「保険でなくても何でも良かったんです。球界が賭博とか暗いニュースが続いたじゃないですか。プロ野球選手が辞めても、これだけできるというのを見せたかった」。昨オフに土屋氏と同学年で元巨人の笠原容疑者ら3選手が、野球賭博に関与していたことが発覚。この事件は土屋氏の生き方にも大きな影響を与えた。

 昨年11月に保険の参考書を買いそろえたが、最初は専門用語が並んだ文章の意味さえ理解できなかった。仕事の合間を縫って1日12時間以上勉強。食事も満足に取らず、睡眠時間は3時間を切る日も珍しくなかった。4月までの5カ月間で車、火災、損保、傷害、生命、基礎と6つの保険の資格を取得。試験に合格して大きな自信を得た。

 元プロ野球選手の肩書きは恩恵だけでなく、偏見もあるという。保険代理店では営業先で、「土屋くんが保険の話?しなくていいよ」と会話を遮られた。だが、心は折れない。「それが現実。でもお客様が満足できるサポートをすれば、見方も変わってくる」。

 将来は経済的な理由で野球を続けられない子供たちの支援活動も設計する。「僕が子供の時も才能があったのに、貧しくて満足に食事もできず野球を辞めた子たちがいた。野球できる環境作りはもちろん、食が大事なんです」と熱弁する。

 土屋氏の現役時代。口数が多くないが、目力の強さが印象的だった。純粋で、真っすぐすぎる性格だと思う。練習方針で納得がいかず、首脳陣と衝突したこともあった。スーツ姿の今も雰囲気は変わらない。ただ、自分の気持ちを言葉で伝えようと一生懸命な姿勢に変化を感じた。ユニホームを脱いだが、まだ25歳。土屋氏のセカンドキャリアには無限の可能性が広がっている。(平尾 類)

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