【レジェンドの決断2】由伸監督 岡本と自主トレ準備も…監督要請で吹っ切れた

[ 2015年12月2日 10:30 ]

監督就任会見で白石オーナー(左)と握手を交わす高橋新監督

 昨年は「引退」の二文字が現実になりかけていた。経験と技術からくる勝負強さは健在だったが、全盛期に比べれば、打撃も守備も納得できなかった。疲労もたまりやすく、抜けにくくなった。休養日には都内の治療院に足しげく通った。

 「いつ引退しても悔いの残らないようにやろう」。そんな時、野球の基礎を教えてくれた父・重衛さんが亡くなった。75歳だった。広島でのナイターを終え、帰京しようとした8月18日早朝、携帯電話が鳴った。兄からだった。「普通はこんな時間にはないし、何かあったとすぐに思った」。千葉県にある実家へ急いだ。シーズン中だったが、球団側の配慮で葬儀・告別式に参列した。

 父の死去から5日過ぎた23日中日戦(東京ドーム)。死去から初めて先発で起用され、6回にバックスクリーン右へ本塁打を叩き込んだ。「いろんなことを考えながら回った」というダイヤモンド一周。現役続行への思いが膨らんだ。亡き父が背中を押してくれた。

 今季は打撃コーチを兼任したが、代打の切り札として勝利に貢献していた。変わらない存在感。自身の立場を脅かすような若手も出てこない。9月には来年1月の自主トレの準備も進め、和製大砲候補のルーキー岡本も帯同させる予定だった。「来年も現役を続ける」。その一方で引退に対して「どこで“線”を引けばいいのか」と迷っていたことも事実だった。その迷いを振り切らせてくれたのが、突然の監督就任要請。「監督を務めるということは大きな出来事であり、大きな決断になった」と振り返る。

 就任会見では「覚悟」という言葉を何度も繰り返した。「監督としての経験もないし、新しい部分に挑むには当然、強い思いが必要。そういう意味でも強い覚悟を持たないと僕自身、前に進めないと思い、そういう言葉になった」。その決意は宮崎秋季キャンプでも表れていた。初日から昼食も食べずにメーン、サブ球場、サブグラウンド、ブルペンなどを回った。

 コーチ陣と意見交換し、原前監督時代とは違う練習メニューも取り入れた。練習前の筋力トレーニングなどがそうだ。現役時代に感じていたことを早くも実行に移した。

 「選手時代と違って日々の手応えが分からない」。不安は尽きないが、監督を引き受けた以上は最善を尽くす。最初の使命はV奪回。常勝を義務付けられた球団で、40歳の青年監督は「覚悟」を胸に刻み、指揮を執る。(川手 達矢)

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2015年12月2日のニュース