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【コラム】海外通信員

フィリッポ・インザーギ ミラン再生への道

[ 2014年10月24日 05:30 ]

ACミランを率いるフィリッポ・インザーギ監督
Photo By AP

 7試合6ゴールと、セリエAで大ブレイクを果たした本田。そこにはコンディションを戻した本人の努力に加え、今シーズンから就任したフィリッポ・インザーギ監督の影響がある。ガッリアーニ副会長はこう語っていた。「右サイドから中へ絞らせ、本田に左足を使わせて“逆足”でゴールを意識させる。こういう発想の出来たインザーギの手腕によるところはもちろん大きい。本田自身も、いままでこういうプレイはして来なかっただろう」。現役時代、感覚にまかせて点を取っていたようなプレースタイルからは、監督という姿が正直想像しにくかった。しかし現役をいきなり辞めて監督業に身を投じた前任のクラレンス・セードルフと違い、彼はサッカー指導者として確かな研鑽を積んでいたのである。

 「インザーギが指導者向けのサッカークリニックをやる。よかったら取材に来ないか」13年4月、ミランの広報スタッフの一人からそんな誘いを受けて、ミラノ市の南にあるミランの育成組織の練習場を訪れた。17歳以下の少年たちは郊外にあるミラネッロではなく、ここで技を磨くわけだが、6面のコートに試合が開催出来るスタンド付きのメイングラウンドも備えた豪勢な施設だ。

 そのメイングラウンドでは、当時監督業1年目としてジュニアユース年代の選手たちを指導していたインザーギが、スタンドに集まったアマチュアレベルのサッカー指導者に対し熱弁を振るっていた。「サッカーチームの指導はスタッフで行う仕事。自分は現役時代の経験をベースに、プロとしての心構えを伝えていける指導者になれたらと思っている」そう語っていた彼だが、披露していた練習にはすでに彼なりのポリシーがしっかりと現れていた。

 「サッカーはゴールを意識しなければ意味はない」FW出身者らしいコンセプトを掲げて練習を立案。ウォーミングアップ目的のパスゲームにもゴールを設け、ポジションごとの戦術練習では特にFWの動きをきめ細かく指導していた。選手間の距離や、1人が引いて中盤からパスを引き出せば、残り2人が縦をアタックするといった動きの連動を丁寧に教え込む。さらにその後の11対11でも、サポートに入る選手の距離感やパスの回し方などを事細かく指導していた。システムは[4-3-3]。2タッチ以下でパスを回し、サイドから組み立て、3トップには連動を重視した攻撃を指示する。振り返れば、現在のミランに通じる戦術パターンは、当時から温められていたということだ。

 その1シーズン目はブロックリーグ1位でプレーオフ進出を果たす。その業績が評価されたインザーギは翌シーズン、プリマベーラ(ユース年代)の監督に内部昇格。1月にアレグリ監督が解任された時には後任の候補として名前が挙がり、当時低迷中だったサッスオーロの監督就任まで要請されるが、インザーギを指導者として大事に育てたかったミランはこの両方を拒否。そしてインザーギは、若手の登竜門とされるビアレッジョ国際ユース大会でチームを優勝へと導いた。

 そうしたところにシーズン終了後、トップチームへの昇格話が舞い込む。選手との関係が悪化したセードルフを切り、その後任としてクラブは満を持してインザーギにチームを任せる。黄金時代の姿を知るサポーターが熱狂した一方で懐疑的な見方も存在し、「補強もろくに出来ないフロントが打った批判回避の策だ」と冷ややかな反応をする記者も多かった。早速夏、アメリカで行われたギネス杯では惨敗に次ぐ惨敗。しかし彼は焦ることなく練習を重ね、チームに連係を植え付けることに専念する。その結果が、今の好調だ。7試合を経過し、16ゴールは現在リーグ一位。しかもそれは昨シーズンのトップスコアラーだったバロテッリを放出しつつ、外国人選手にポジションを追われる形でパリ・サンジェルマンを出たメネズと、移籍後に不振を極めていた本田を中心に挙げた数字だ。

 見違える動きをしているのは本田だけではなく、多くの選手がチーム戦術に沿って献身的に走るようになった。彼らがきちんと練習に従っている様子が良く伝わるが、ここにも背後にインザーギの指導哲学があった。「先に評価されるのは人間性で、選手としてのポテンシャルはその次。敬意の念を持ち、グループを大事にし、笑顔でミラネッロにやってきて練習する。ミランのDNAとは本来そういうもので、私はそれを再び選手たちのあいだに作りたかった」。チームがバラバラだったと言われた近年のトップチームをいちOBとして、またスタッフの一人としてクラブに関わっていたからこそ見いだした再生への道。守備にはまだ課題も多いが、ミランがどう変わるのか本当に楽しみになってきた。(神尾光臣=イタリア通信員)

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