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【コラム】海外通信員

リベリ・サスペンス

[ 2014年6月6日 05:30 ]

1日パラグアイ戦、ベンチから観戦したフランス代表FWベンゼマ(左)とFWリベリ
Photo By AP

 「青空にひとつの雲」――

 6月1日、元フランス代表ワールドチャンピオンのビシェンテ・リザラズが、こんなタイトルのコラムを掲載した。

 昨年11月19日のプレーオフ第2レグで奇跡の大逆転を実現して以来、ダイナミズムをつくりだしていたレ・ブルー。3月のオランダ戦にも快勝し(2-0)、第1回プレパレーションマッチ(W杯に向けた準備強化試合)のノルウェー戦にも大勝(4-0)、ブラジルを目指す地平線には、まさに澄みきった青空が広がっていた。

 国民の支持も回復し、指揮官デシャンのグループ管理術に至っては、国中が脱帽。このため、支持率低迷に泣くフランソワ・オランド大統領のクレールフォンテーヌ(代表合宿地)訪問前には、記者団から「大統領に助言はありませんか」との質問が飛んだほどだった。デシャンは「共和国大統領は別の職業だぞ」とピシャリ封じたが、訪問日のフランス代表と大統領は、和気藹々、美しい青空を一緒に眺めていたものだった。

 ところが―-。

 第2回プレパレーションマッチのパラグアイ戦(1-1)前あたりから、不安な雲が現れた。リベリが腰痛を抱えたまま、全体練習にさえ合流できずにいるからである。

 がむしゃらで全力投球型のリベリは、バイエルンで全てを捧げ尽くし、5つのタイトルを総なめ。夢だったバロンドールにも限りなく近づいた。ところがその夢が破れたあたりから、失意と腰痛に襲われる。「ロンバルジー」と呼ばれるもので、神経系統からくる痛み。これがしつこく張りつき、慢性化してしまったらしい。

 たとえば椎間板ヘルニアならすぐに戦線離脱となるが、ロンバルジーの場合はよくわからないため、かえって厄介だ。回復に向かうかもしれず、向かわないかもしれず、メンタル(失意)とも関連しているかもしれず、していないかもしれない。

 このため不安と憶測が広がり始め、「リベリなしでブラジル行きか?」との報道まで出現。デシャン監督の表現も初めて曖昧になり、国中が“リベリ・サスペンス”に揺れ始めている。

 いまのところ議論(正しくは推論)は、三つに分かれている。

 第一は、リベリの腰はかなり悪く、デシャンもスタッフもそれを知っているはず、という悲観論。「リベリはジダン同様の存在なのであり、そこいらの無名選手のケガとは別。曖昧にしておくのは危険だ」、という危機感に迫られた結果の意見でもある。

 第二は、リベリをしっかり休ませて回復に万全を期しているだけで、監督とスタッフはちゃんと初戦に間に合わせてくるはず、という楽観論。実際、パラグアイ戦のベンチでは、ベンゼマとふざけて大笑いするリベリの姿が見られた。また、事実にもとづいているかどうかは別として、パラグアイ戦で代表初ゴールを決めたアントワーヌ・グリーズマンも、「万が一の場合、リベリに代わってやれるか」と問われ、「あは、彼はちゃんとW杯に出現するさ」と笑った。

 第三は、リベリの腰はまさに曖昧な状態で、デシャンもスタッフも現時点ではどちらとも言えず、ひたすら回復を念じて治療に当たっているのだ、という中間論。だが楽観論が当たっている場合以外は、いずれも厄介なことになってくる。フランス代表の歴史を振り返ると、ケガした大型主力をビッグトーナメント本大会に引きずって行った場合、必ずと言っていいほど惨憺たる結末に終わっているからだ。

 典型例は2002年W杯。ジダンが疲労蓄積に加えて直前に太ももをケガした結果、0勝0ゴールの1次リーグ敗退に終わった。最後の試合など、ケガを押してチームを救おうとプレーしたジダンだったが、その姿は痛ましいばかりだった。ユーロ2004も同じ。キャプテンのマルセル・デサイーがヒザを故障、結果はそれなりだったが、グループ管理は困難に陥った。ユーロ2008はパトリック・ヴィエラのケガをひきずり、惨敗。2010年W杯は、ケガに加えてキャプテンになれなかったフラストレーションを抱えたウィリアム・ガラスをひきずり、やはり惨劇に終わった。

 このため「レキップ」紙のヴァンサン・デュリュック記者は、「元マルセイユ選手(リベリ)がいなくても他のブルーたちは楽しんでいる。だからと言ってブラジルで決定的になれるかどうかについては何も語れないが、コレクティフ(集団)の力が建設されている点については多くのことを語っている」「腰が痛い人々に飛行機がお勧めできないとしたら、可哀想だがしょうがない」と書いて、さりげなく“リベリ切り”を推奨。

 同じ「レキップ」紙のアンケート調査でも、「リベリはW杯の最高の切り札だと思うか」との問いに、何と80%もの読者が、気軽に「ノン」と答えている。

 だがデシャン監督は、「リベリはリベリであって代役などいない。クリスチアーノ・ロナウドの代役は誰か、と聞くのと同じだ」と明言。万が一の場合は別の選手がプレーするにしても、プレースタイルもプレーレベルもリベリと同じにはならないことを強調した。6月2日昼時点でも、デシャンは“リザーブ組”のアレクサンドル・ラカゼットやレミー・カベラに“万が一”の連絡をとってはいない。

 これは、リベリへの激励であり、リベリへの信頼のメッセージである。

 だが――。

 神経痛はたちが悪い。

 フランス代表が“本番のリハーサル”と位置づけているのは、6月8日のジャマイカ戦。もしここでもリベリがプレーできない場合は、本当に“リベリ切り”を検討しなければならなくなるかもしれない。

 6月2日夜には正式な23人リストがFIFAに提出され、リベリの名前も残っているが、リベリとデシャンの間には「8日までに回復しない場合はリベリのブラジル行きを諦める」という合意ができている、とも囁かれている。

 どんな不幸も乗り越えてきたリベリ。それなのにキャリア最後のW杯がフイになるなんて、他人事ながら、思わず神を呪いたくなってしまう私である。リベリ・サスペンスが重くならないことを祈るばかりだ。(結城麻里=パリ通信員)

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