【世界陸上】近藤亮太「時計つけていなかった」12年ぶり入賞逃すも粘走11位「涼しいと言い聞かせて…」

[ 2025年9月15日 10:36 ]

陸上 世界選手権東京大会 第3日 ( 2025年9月15日    国立競技場発着42.195キロ )

<世界陸上3日目>男子マラソン、ゴール後に悔しそうに天を見上げる近藤(撮影・木村 揚輔)
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 男子マラソンは初出場の近藤亮太(25=三菱重工)が2時間10分53秒で日本勢トップの11位だった。同じく初出場の小山直城(29=ホンダ)は2時間13分42秒で23位だった。吉田祐也(28=GMOインターネットグループ)は2時間16分58秒で34位だった。

 前日に続き、酷暑を警戒したスローペースでスタート。15キロまで50人以上の先頭集団を形成し、レースを展開。次第に日本勢が遅れる中、近藤は先頭集団の中で淡々とペースを刻んだ。30キロ地点でペースが上がり、一度は先頭集団から遅れたが、集団に復帰。39キロ地点では先頭から8秒差の10番手となり、最後は11位でゴールした。

 ゴール直後には両手で顔を覆い、悔しそうな表情を見せた。「悔しさ達成感半々な気持ち。集団で身を隠して40キロで勝負できればと思っていた。38、9キロで駆け引き始まったところで自分の限界きた。粘り倒すしかなかった」と振り返った。

 30キロ過ぎには先頭に出る場面もあった。「絶対にここにつかないとこの先の人生悔い残ると思って、ついていった。声援に押されて、前の集団に追いついた」。

 また「時計をつけていなかった」とも明かし、戦略として「自分が楽なペースを続けようと思っていた。自分の足が持つように続けるプランだった」と語った。

 レースの攻略ポイントのひとつでもあった暑さについては、「想像より暑くなかった。暑いと言わないできた。まだまだ涼しいと言い聞かせてきた。暑さより自分自身と戦った」と粘り強くコメント。さらなる挑戦に向け、「自分のマラソンを武器にして、駅伝だったり、ロスを目指して日本を引っ張っていける選手になりたい」と胸を張った。

 ◇近藤 亮太(こんどう・りょうた)1999年(平11)10月5日生まれ、長崎県出身の25歳。島原一中ー島原高ー順大。大学4年時には箱根駅伝に初出場し、10区で区間14位。中高で目立った実績はなかったが、順大3年時に地元長崎に拠点を置く三菱重工の合宿にアポなしで参加。その後の実績などを評価されて入社に至った。マラソンの自己ベストは2時間5分39秒(25年大阪マラソン)。

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