【テニス全米OP】小田凱人「一生忘れない」 史上最年少19歳での生涯ゴールデンスラム達成に涙

[ 2025年9月8日 03:00 ]

テニス 全米オープン第14日 ( 2025年9月6日    ニューヨーク・ビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニスセンター )

テニスの全米オープン車いすの部男子シングルスで優勝し、喜ぶ小田凱人。四大大会とパラリンピックを全制覇する「生涯ゴールデンスラム」を達成した
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 車いすの部男子シングルス決勝で、第1シードの小田凱人(19=東海理化)が第4シードのグスタボ・フェルナンデス(31=アルゼンチン)を6―2、3―6、7―6で下して初優勝、4大大会とパラリンピックを全て制する「生涯ゴールデンスラム」を史上最年少で達成した。上下肢障がいシングルスを除けば史上3人目で男子では国枝慎吾以来2人目の快挙。女子は第1シードの上地結衣(31=三井住友銀行)が8年ぶり3度目の優勝を飾った。

 強気のプレーと発言で、国枝さん引退後の車いすテニス界をリードしてきた小田が、思わず目頭を押さえた。オンコートインタビュー、自ら日本語に切り替え「ありがとうございました、本当に」とまで話すと、もう涙をこらえきれなかった。

 「僕にとってベストマッチになった。この試合は一生忘れない」

 4大大会で初優勝だったダブルスで組んだフェルナンデスとの決戦。最終セットは一時3―0としながらタイブレークに持ち込まれ、相手のチャンピオンシップポイント(CP)を迎えた。絶体絶命。だが計3度のCPをしのぎ、最後はリターンエースで勝負あり。「守りに入らず攻めるしかないと思っていた。それが最後の場面で出た」と胸を張った。

 昨年のパリ・パラでも相手CPをしのぎ、逆転で金メダルを獲得した。逆境をはね返す精神力と確かな技術、体力を再び証明した。「(重圧で)昨日はあまり寝られなかった。絶対に言わずに墓まで持っていこうと思っていた」と吐露したことが、この日のぞかせた唯一の弱音だった。

 9歳で左股関節に骨肉腫を発症。10歳で競技を始めると2度の肺転移を克服して15歳でプロ宣言した。逆境を乗り越えて打ち立てた10代での金字塔。「(19歳での達成は)若すぎるとは思わない。一歩一歩やってきた」。それは乗り越えてきた者しか語れない言葉だった。

 ◇小田 凱人(おだ・ときと)2006年(平18)5月8日生まれ、愛知県一宮市出身の19歳。9歳で左股関節に骨肉腫が見つかりサッカーから車いすテニスに転向。20年に18歳以下の世界一決定戦「世界ジュニアマスターズ」に14歳で出場してシングルスとダブルスで2冠。22年4月28日に車いすテニス国内最年少の15歳11カ月20日でプロ転向。22年全仏で4大大会デビューし、翌年同大会で4大大会初優勝。4大大会通算7勝、24年パリ・パラリンピックはシングルスで金メダル。1メートル75。左利き。

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