羽生結弦“伝説のニース” 演技とともに記憶に残る練習風景

[ 2022年7月19日 18:10 ]

21年4月、世界国別対抗戦のエキシビションの練習で、4回転半(クワッドアクセル)に挑戦も、成功に至らず悔しげに叫ぶ羽生結弦。(撮影・小海途良幹)

 大きな窓から、南仏の陽光が降り注いでいた。

 12年3月、フランス・ニースで開催された世界選手権。羽生結弦(ANA)が伝説のフリー「ロミオとジュリエット」を演じ、初出場ながら銅メダルを獲得した大会として名高い。

 演技はもちろんだが、私の記憶に深く刻まれているのは、冒頭にしるした、本番会場にほど近いサブリンクでのことだ。

 当時、羽生は17歳。のちに軽々と跳ぶ4回転トーループの精度はまだ低く、何度も転倒した。悔しくて拳を氷に叩きつけた。壁にも激突した。それでも、挑戦をやめなかった。

 武士を見たことはないが、羽生の姿は剣の道を極めんとする武士のように映った。だから、羽生に言った。「君が武士に見える」。帰ってきた答えはこうだ。「そんなことないですよ。羽生家は武士じゃないしぃ~」。正確に表現することは難しいが、少年は「ふにゃっとした」笑みを浮かべていた。

 その後、ソチを制し、平昌で五輪連覇を達成。国民栄誉賞も授与された。誰もがうらやむ輝く成績を残すと同時に、背負うものも増えた。それでも、周囲の、そして自らの期待に応えるため、真摯な汗をリンクに落としてきた。

 新型コロナの感染拡大後、私は羽生を現地で取材していない。だが、取材した同僚記者から練習で4回転半に挑戦する様子を聞くたび、ニースを思い出した。何度、氷にうちつけられても、そのたびに立ち上がり、4回転半という武器を手に入れようと懸命だった。

 北京五輪のフリー。「天と地と」の冒頭に挑んだ4回転半は転倒した。立ち上がった羽生は、ジャンプが成功したように両手を広げるところから滑り始めた。それは、気高い名シーンだった。

 最後の競技会となった北京は4位。3度目の五輪で、初めて表彰台に届かなかった。それでも、羽生は確かに、氷上を統べる王者だった。(杉本 亮輔)

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