今夏、強化と育成を同時に行ったジョセフ日本の挑戦は、23年秋に実を結ぶか

[ 2022年7月13日 08:00 ]

李承信
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 かわいい子には旅をさせよ、とはよく言ったものだ。

 7月9日に国立競技場で行われたラグビー日本代表とフランス代表との第2戦。2戦連続で10番を任されたSO李承信(リ・スンシン、神戸)は、わずか3キャップ目とは思えない精悍(せいかん)さで、堂々とタクトを振った。その1週間前の第1戦、山沢拓也(埼玉)の離脱により、急きょ先発が決まったのは2日前。リザーブ入りが決まっていたとはいえ、経験豊富なベテランでも泡を食う状況で、21歳は逃げることなく欧州王者に立ち向かった。前半は13―13と大健闘。しかし後半は戦術に柔軟性を欠き、防御時はボールキャリアーの標的にされた。まさに蜂の巣状態。後半18分、相手の12番にきれいに吹っ飛ばされたシーンは象徴的だった。しかしそれは、一歩も引かずにラグビーの根幹たるタックルを遂行した証拠でもあった。

 1週間という時間はスキルや筋力を劇的に伸ばすには短いが、司令塔として必要な判断力や俯瞰力を伸ばすには、十分な時間であったということだろう。ハーフ団を組んだSH斎藤直人(東京SG)との呼吸、その他の周りの選手のサポート、戦術の違いも当然あったが、第1戦とはまるで違う柔軟性のある統率ぶりで、フィフティーンをけん引した。何よりくだんのタックルで見せたラグビースピリッツは、よりたくましさを増したように映った。前半24分、責任の比重はともかく自身のノックオンが原因となった相手ボールスクラム。インゴールまで残り15メートルの位置で相手司令塔ジャリベールの足元に入ったタックルは、決定機を潰すノックオンを誘った。2日に「素晴らしいことを達成した。今後に可能性がある選手」と高い評価を下したジェイミー・ジョセフ・ヘッドコーチ(HC)の目が、間違いではなかったことを証明してみせた。

 早くも次のW杯を1年後に控える日本代表は今夏、ジョセフHCの下で新たな取り組みを行った。それが正規の代表とともに、実質2軍、あるいは育成部隊と言えるナショナル・デベロップメント・スコッド(NDS)が同時並行で活動し、それぞれ割り振られたテストマッチを戦うというプロジェクトだ。5月末に発表された当初の招集選手は2チーム計68人。その後もケガ人の補充などで、最終的には70人以上が5週間に渡る活動に関わった。その目的は「選手層を厚くする」(ジョセフHC)こと。一介のノンキャップだった李承信が、ある意味では天の配剤もあって23年W杯の10番に名乗りを上げるほどの成長を遂げたことは、まさに目的通りだろう。16年秋の就任以来、「10番を育てるのは時間がかかり、忍耐が必要」と言い続けたジョセフHCにとって、これほどうれしい誤算はなかったはずだ。

 一方で、一つのポジションだけで選手層を厚くするという目的が完全に達成されたとは言えないのも事実だ。今夏のテストマッチ4連戦で計15人が初キャップを獲得したが、李承信のように23年へめどが立ったと言える選手が全員ではない。サンウルブズや7人制代表ですでに実力を証明していたWTBゲラード・ファンデンヒーファー(東京ベイ)やロックのサナイラ・ワクァ(花園)のような存在もいるが、それはあくまで少数派。多くの若き俊才が大きな一歩を踏み出したことは喜ばしいが、彼らが次にキャップを積み上げるのは、W杯開幕まで残り1年を切った今秋となる。ティア1相手に強みや一貫性を証明し、足りない部分を積み上げ、他のどの国代表よりも連携と調和を求められる日本代表の一員として存在感を高めるには、決して十分な時間が残されているとは言えない。

 16~19年の4年間に初めてキャップを獲得した選手は計76人。一方、20年以降はコロナ禍の影響をもろに受け、今夏の15人を加えても計25人と3分の1以下だ。数字にはカラクリもあり、76人はサンウルブズと活動期間が重複していた16、17年のアジア選手権で誕生した初キャップ選手38人が含まれる。だから単純な比較はできないが、今夏主将を務め上げたフッカー坂手淳史(埼玉)やSH流大(東京SG)、No・8テビタ・タタフ(東京SG)、FB野口竜司(埼玉)ら23年W杯の主力候補も、対アジアでの初キャップ獲得から経験を積み、現在の立ち位置を築き上げた。そうした機会すら奪われた過去2年間の損失は、改めてあまりに大きかったと言わざるを得ない。

 前ヘッドコーチのエディー・ジョーンズ氏は、「国際レベルの選手が育つ環境をつくるのは、自分の仕事ではない」と言った。代表ヘッドコーチの仕事は、4年に一度の舞台でいかに勝たせるか。選手を選別し、いかにチームとして醸成するか。そのレベルに上がってくる選手を育てるのは、ヘッドコーチの仕事ではない。ニュージーランドというラグビー王国の育成システムでキャリアを積んだジョセフHCも、同じ認識だったと理解しているが、コロナに対してとりわけ慎重な対応が続く日本で、スポーツ界が大きなあおりを受けた結果、強化と育成を同時に行う方針に舵を切った夏のシリーズだった。

 9月には50人強の1チーム体制で、長期合宿を経てテストマッチ期間へ準備する。まいた種は盛夏にどう芽吹き、残暑にツルを伸ばして葉を広げ、秋に花を咲かせるのか。来秋に大きな果実を収穫するため、言うまでもなく重要な22年秋シリーズ。選手にとっても、コーチングスタッフにとっても、一息も気の抜けない時間が続くことは間違いない。(アネックスコラム・阿部 令)

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2022年7月13日のニュース