小平奈緒は敗れてもなお、強く、美しかった

[ 2022年2月18日 14:05 ]

女子1000メートルで金メダルを獲得した高木美帆(右)を祝福する小平奈緒=北京(共同)
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 【君島圭介のスポーツと人間】北京五輪最後のレースを滑り終えた小平奈緒は、自身のタイムを2秒46上回る1分13秒19の五輪新を出して精根尽き果てた状態で座り込んでいた高木美帆から1メートルほど離れた場所に腰を下ろした。

 2人の間にどんな時間が流れていたのか分からない。最終組が滑り終わり、高木美の女子1000メートル金メダルが決定した瞬間、小平はそっと立ち上がると静かに勝者から離れていった。握手を求めたり、抱きしめたり、声をかけることもしなかった。そっけないな、とも、冷たいな、とも見えたかもしれない。

 小平はその瞬間が勝者だけのものであることを知っていたのだろう。そして高木美を先に称えるべきなのは僅差で敗れたユッタ・レールダム(オランダ)やブリタニー・ボウ(米国)であるべきことも。一度離れた小平は順番を待って、勝者に近寄ると抱き寄せて「おめでとう。ナイスレース」と声を掛けた。

 以前、将来を有望視されていたスピードスケートから転向したアイスホッケーの日本代表にこんな理由を聞かされた。「スピードスケートは個人競技で孤独だし、外での練習は寒いし、嫌いだった。アイスホッケーは仲間がいて楽しそうだったから」。優秀なサッカー少女だった高木美ならアイスホッケーでも一流になったと思う。ただ、小平は違う。「孤独な」スピードスケートに選ばれて、頂点を極めた気高さを身にまとう。

 スポーツ万能だった高木美を世界最高のスケーターに育てたのは小平だ。金メダル獲得の翌日、テレビ出演した高木美は「初めて負けて悔しいと思ったのも小平選手だった。スケートを速くなれたのは小平選手という存在があったから」と語った。

 小平は前回王者として臨んだ500メートルに敗れ、最後の1000メートルも1分15秒65で10位に終わった。全レース後、今年1月中旬に右足首を捻挫し、スケート靴をはいて練習できない状態で北京に入ったことを明かした。

 「成し遂げることは出来なかったんですけど、しっかり自分なりにやり遂げることは出来た」

 成し遂げたことに対して周囲は賛辞を送るが、やり遂げたことは自分の中にしか残らない。だが、小平にとってやり遂げたと納得出来ることはメダルの色と同じくらい重要なのだろう。孤高の美しさ。小平奈緒は敗れてもなお、強かった。(専門委員)

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