何度もボツになったブレイディーの敗者予定稿 偉大なるQBの別れ際に見る昔の情景
【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】1997年1月26日、私は米国南部ルイジアナ州ニューオーリンズのスーパードームにいた。3回目のスーパーボウル取材。21日に現地入りして連日、記者会見に出席しては選手や監督の話を聞いてその顔を記憶の中にとどめようとしていた。
最も興味と関心があったのはペイトリオッツのQBドリュー・ブレッドソー。このとき26歳だった。1993年のNFLドラフトで全体トップ指名を受けた超エリートQB。196センチ、108キロという大柄なサイズの指令塔には、およそQBに必要なものがすべて詰め込まれていると信じていた。
しかしペイトリオッツはブレット・ファーブを擁するパッカーズに21―35で敗れた。ブレッドソーは48回のパスを投げ、成功したのは25回にとどまり、2つのTDを記録したもののインターセプトは4回。超エリートらしからなぬその内容は、一生懸命にそのプロフィールを頭にたたき込んでいた私を落胆させた。
2002年、そのブレッドソーの故障離脱に伴ってトム・ブレイディーという名の控えQBが先発に昇格したとき、私にはその未来が見えなかっただけでなく、「しょせんはスーパーボウルで惨敗したQBの後釜か…」といった程度の思いしかなかった。
すべてが間違いだった。6巡目(全体199番目)というドラフトでの遅い指名にもかかわらず、ブレイディーはNFLのQBとしての姿と記録をすべて書き換えるような大出世を遂げた。193センチ、102キロとそこそこのサイズはあったが、彼より大型のQBはたくさんいる。彼よりも速く走り、彼よりもボールを遠くに投げるQBも過去の歴史をひもとけば無数にいることだろう。
スーパーボウル優勝7回、MVP5回。ブレイディーがNFL人生の出発点に立ったとき、私はその先にある多くのものが見えなかった記者の1人だった。まさかブレッドソーを乗り越えるとも考えていなかった。
2017年2月5日。テキサス州ヒューストンにブレイディーはいた。通算7回目のスーパーボウル出場。しかし第3Qの中盤で3―28とファルコンズに25点をリードされたとき、私は迷いなくファルコンズの初優勝を想定した予定稿を書き初め、第4Qが始まるころにはほぼ完成していた。
ペイトリオッツはそこから延長を含めて連続31点。スーパーボウルでの史上最大点差での逆転劇が、予定稿を完全にボツにしてしまった。私は最後までブレイディーの力量を理解していなかった。どんなに劣勢になっても、彼がいるチームの予定稿は「勝者」を想定しなくてはいけないのだ。そんな思いにさせられたのは私にとってマイケル・ジョーダンとトム・ブレイディーの2人だけ。何が彼をその結末に向かって揺り動かし続けたのかは今もなおわからないが、本当のスーパースターとは言葉では表現できないものを持ち合わせた人物であることは間違いないと思う。
2017年6月。来日して日本の選手の前でクリニックという名の実技指導をしたブレイディーのパスを初めて目の前で見た。剛腕からのリリースではなく、ソフトタッチからピンポイントでターゲットをとらえる技術は日本の若い選手だけでなく、私の心もとらえた。
ただし新人のころ、NFL選手としては細身だったために、彼が練習メニューにはない特訓を志願して繰り返し、誰よりも早く寝て、次の日の練習に備えていたことは有名なエピソードだ。年齢を重ねても、少年のように好きなことに情熱を注ぐ姿は、無限の努力を日常の一部としてとらえる姿勢にもつながっていった。
なぜドラフト全体199番目指名の選手が数々の栄光を勝ち取りながら、44歳まで現役を続けることができたのか?今、それを思うと敗戦予定原稿を何度も書いてきた我が身を恥ずかしく思う。
「もうこれ以上、闘争心を持つことができない。100%の状態で戦えないなら、自分はそこにいるべきではない。そんなことでは自分が愛するもので成功したりはしない」。
潔い幕切れだった。ピリオドの打ち方も見事だった。ずるずると引きずることを拒否した別れの言葉…。近未来に記者になる人たちに対して断言するが、トム・ブレイディーのようなQBは今後、数世紀にわたって出現しない。デビュー時になかった力を、己が極めるまで最高のものに仕上げ、すべて結果につなげていくような人間に出会える確率は限りなく「0」だ。もしそれが嘘なら、ぜひ検証してほしい。ただし相当の時間が経過していることは間違いないと思うが…。
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、北九州市出身。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。NFLスーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会には7年連続で出場。還暦だった2018年の東京マラソンは4時間39分で完走。
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