「バレーボールに人生かけてもいいんじゃないか」 JT広島・小野寺太志に聞く なぜプロに転向した?
退路を断つことは、自分を成長させる手段の一つだ。バレーボールVリーグ男子1部、JT広島のミドルブロッカー小野寺太志(25)は、9月にプロに転向した。引退後の雇用が守られる大企業の社員の地位を、東京五輪後に捨てた。
「バレーボールの選手寿命は長くて30代中盤。そうだとすると、今、25歳なので、残り10年。切り替えるならこのタイミングしかないと思った」
ずっと引っかかっていた言葉があったようだ。それは、入社1年目の18年、元豊田合成(現名古屋)、イゴール・オルムチェンがインタビュー記事で語った、日本バレー界へのメッセージだった。
「日本のレベルは低くない。世界と戦える選手が多いのに、ハングリーさがない。選手は、会社員で生活が守られている。バレーボール第一じゃなても生活が保障されていることが、ハングリー精神の欠如につながっているのでは―。そういう記事だった」
小野寺はJT広島の社員生活が不満だったわけではない。むしろ、恵まれていた。選手は基本的に競技に専念。実質的にはプロに近かった。企業スポーツという日本の文化に「どの競技もが、こうした環境でできるわけではない」と感謝をしつつも、時間が経つほどオムルチェンの言葉が心の中で大きくなり、変化を望む自分を抑えきれなくなった。
「僕は最初、会社員の方がメリットがあると考えていた。引退後も会社に残れる。現役よりも後の生活の方が長いわけで、プロになってそれらを失うことはリスクが大きいと思った。でも、日本代表がこの先、五輪や世界選手権で表彰台に上がるために何が必要かと言えば、1人1人のレベルアップが不可欠になる。それを今の環境でできればいいけど、パリ五輪まであと3年で、どうすれば世界のトップになれるかを考えた時に、自分は厳しい環境に身を置くことが大事だと思った。バレーボールに、人生をかけてもいいんじゃないか、という思いが強くなった」
日本代表の一員として、東京五輪で8強入りをした。男子は、08年北京大会以来3大会ぶりの五輪出場。1次リーグ突破は、92年バルセロナ大会以来、7大会29年ぶりだった。決勝トーナメント進出の原動力になったのは、石川祐希、西田有志。イタリアでプロ生活を送る2人がまぶしく見えた。
「彼らの行動、言動から、自分の生活がかかっていると感じた。1日1日を無駄にしていない印象を受けた。だから、大舞台で素晴らしい結果を残せるのだと思う。あの2人が引っ張ってくれたから、決勝トーナメントに進めた」
今、2メートル2のブロック巧者は、プロ1年目シーズンのまっただ中。社員時代と比べて、生活に大きな変化はない。これまでどおりバレーボール中心の生活だ。だが、「トレーニングを含め、結果にこだわるようになった」と、なにかにつけて、自己採点は厳しくなった。14―15年を制したチームは今季、若返りを推し進める代償として、3勝7敗の8位ともがいている。この苦戦を、プロとして、主将として真正面から受け止め、「試合の結果によって、来季、契約を切られる可能性もある」と、覚悟を持ってコートに立っている。
「プロ」は、国内の社会人バレーボール界にとって、長年の壁であり続けた。93年のJリーグ発足を受けてプロ化構想が持ち上がるが、頓挫。バブル崩壊のあおりを受けてクラブチーム化をしたチームが生まれても、企業によってリーグのプロ化には温度差があり、一枚岩になることはなかった。プロ選手はポツポツと誕生をした。しかし、基本的には、小野寺が影響されたオムルチェンが言うように、実業団的なリーグのままだった。
企業チームという日本が誇る文化を大切にするのか、はたまたJリーグのようなプロリーグへ完全に舵を切るのか、どっち付かずで来たVリーグが、18年からプロ寄りを加速させた。選手はプロアマ混在のままながら、チームは、企業の持ち物であっても「部」ではなく、収益を上げるクラブチーム的な運営、すなわち、運営のプロ化を求められている。
中央集権から地方分権になるように、興行・運営の主役がリーグからチームへ移った結果、JT広島も背広組のスタッフを増員。ファン開拓に力を入れている。ところが、Vリーグへの風向きが変わったかどうかは怪しいところで、小野寺も、その風の生ぬるさを感じている。日本代表が成績を残した後は多少、露出が増えたとしても、Vリーグへの波及は限定的。飛ぶ鳥を落とす勢いのバスケットボールBリーグの芝が青く見えるのも、仕方がないことだった。
「あれだけ演出が派手で、(1億円プレーヤー誕生のような)注目度があるニュースが流れているのに対し、バレーボールは遅れていると感じる。Bリーグの熱は、バレーボールを追い抜いた印象がある。五輪や、世界大会ではバレーの方が結果を残しているはずなのに、なぜ集客ができないのか。選手1人1人の発信も大事だけど、それでは追いつかない。どうすれば人気を広げられるのか。バレーボール界の課題だと思う」
例えプロになったとしても、小野寺のように「(社員時代より)収入が増えた」というケースは、日本代表クラスでないとなかなか成立しないのも課題。現在の国内プロの多くは、実家の家業を継ぐなどの“保障”がある選手が、待遇がそれほど変わらないまま、社員から転向しているようだ。選手、チーム、リーグの全てが潤うシステムをつくるのは、至難の業だ。
一方で、小野寺は、プロになることで新しい夢ができた。小中学生のためのクラブチームを設立することだ。「競技人口を増やすためにできることに取り組みたい。トップ選手を目指せる環境をつくれれば」。出身の宮城県になるか、現在の拠点の広島県になるか、「具体的にはまだ決まっていない」ものの、バレーボール界の底辺拡大のために行動を起こそうとしている。SNSの発信にも意欲的。バレーボールを盛り上げるために、プロになったのだ。(倉世古 洋平)
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