内村航平、批判覚悟の発信 他のアスリートは続けるか
圧倒的な存在感は、演技だけにとどまらない。新型コロナウイルスの感染拡大後、五輪競技では国内で初めて行われた8日の国際競技会。内村航平(リンガーハット)は来夏の東京五輪で金メダルを狙う鉄棒で、H難度「ブレトシュナイダー」を決めるなど好演技を披露した。
スペシャリスト初戦で、14・200点だった9月の全日本シニア選手権を大きく上回る15・200点。現行の採点基準となった17年以降の世界選手権3大会で金メダルに相当するスコアをマークした。
日本の他、米国、ロシア、中国の選手もそれぞれが今のベストを尽くした。内村は他国選手との記念撮影やサイン交換に応じ、閉会式に臨んだ。各国の選手がスピーチし、最後にマイクを握る。大会の感想や関係者への感謝などを話した後、熱を込めて言葉をつないだ。
「少し僕としては残念だなと思うことが、しようがないのかなと思うけど、コロナウイルスの感染が拡大して、国民の皆さんが“五輪ができないのでは”という思いが80%を超えているのが、残念というか、しようがないと思うけど、“できない”ではなく、“どうやったらできるか”を皆さんで考えて、どうにかできるように、そういう方向に変えてほしいと僕は思います。でも、これは非常に大変なことであるというのは僕も承知の上で言っているんですけど、それでも、国民の皆さんとアスリートが同じ気持ちじゃないと、大会はできないと思います。、何とかできる、どうにかできるやり方が必ずあると思うので、どうか“できない”という風には思わないで欲しい」
その後の取材で発言の意図を問われると、こう答えた。
「ここ2、3カ月くらいですかね、なんかこう、五輪できると思うか、できないと思うかみたいな世の中の支持率みたいなのがネットニュースに載っていて、“できないと思う”が80%超えという記事見てから、これじゃいかんだろ、と。それでも、僕は何もすることができないけど、こういった東京五輪に向けて世界にもアピールする試合っていういい機会があったので。この場で言わないと、たぶん届かないだろうなって。僕がSNSで言っても絶対に意味ないと思う。そもそも、そんなやらないですけどね。こういった場をお借りして、いろんなところに発信していく方が皆さんには届くのかなと思ったので。この2,3カ月で思っていたことをストレートに話した」
自身のツイッターのフォロワー数は11万人を超える。プロ転向後に開設したオフィシャルサイトもある。そういった場でコメントしても、ある程度は拡散されたはずだが、国内外のメディアが注目し、表情や声色まで報じられる場を選んだ。
コロナ収束には程遠く、健康への不安や経済にも甚大な影響を及ぼしている今、五輪やパラリンピックに関する話題には否定的な意見がつきまとう。もちろん、この発言が批判されることは、内村も覚悟の上だった。
内村は「何が何でも、どんな状況でも開催してほしい」と訴えているわけではない。海外だけではなく、国内でもコロナ感染者は増加傾向にある。フルに観客を入れての「完全な形」での東京五輪は、もはや現実的ではないだろう。それでも、何とか可能性は見つけることはできないか。そういった思いを、素直に言葉に乗せただけだ。
今年3月、コロナ感染が世界に広がる中、国際オリンピック委員会(IOC)は7月24日開幕の通常開催へ突き進んでいた。実名でIOCを批判する海外アスリートがいた一方で、日本のアスリートは静かだった。匿名を条件に「現状、20年の開催は無理じゃないか」といった声は拾えたものの、競技団体やスポンサー、所属先のことを考えれば、積極的な発信は難しかった。
体操の国際競技会は感染対策を徹底し、東京五輪のモデルケースとして注目を浴びた。参加選手30人の今大会と1万人を超える五輪では規模がまったく違うが、小さくても重要な一歩だったのは間違いない。
内村の言葉もまた、重要な一歩になり得ないか。思いを共有し、心が震えた選手は数多くいるだろう。「やっぱり開催は厳しいと思う」、「やるべきではない」と言う選手がいてもいい。だが、内に秘めているだけでは、何も起こらず何も変わらない。
延期決定以降の各競技の取材で、何度も耳にしたフレーズがある。「準備期間が増えたと思って、前向きにやっていく」。聞き飽きたとは言わないが、そこから一歩、キングのように前へ。夢舞台の主役は、アスリートなのだから。(記者コラム・杉本 亮輔)
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