柔道代表このままでいいのか――早期内定が裏目に?上水研一朗氏“空白の1年”最大限生かせ
五輪延期の光と影
新型コロナウイルスの影響で、1年延期が決まった東京五輪。金メダル獲得目標の「30」をブレさせず、21年夏へと向かう日本にとって、延期のメリットとデメリット、そして時間を最大限に生かす方策とはなにか。スポニチが誇る多士済々の評論家陣が、持論を展開する。第1弾はメダルラッシュを期待される柔道。上水(あげみず)研一朗氏(45=東海大体育学部武道学科教授、男子柔道部監督)は、全日本柔道連盟の常務理事会延期で先送りとなった代表選考についても、独自の視点を披露した。
新型コロナウイルスの猛威にさらされ、五輪が1年延期された影響は非常に大きい。終息までの見通しを楽観視することができない今、展望を述べることが適切かどうか判断に迷うが、あくまでも新日程通り開催されることを仮定して、今後を見通してみたい。
全日本柔道連盟は、過去2年の世界選手権で導入した早期内定制度を、五輪では今回初めて採用した。過去には4月まで激しい国内の代表争いで消耗した選手が、五輪本番で力を発揮できないケースも見られた。今回は男女計14階級のうち13階級で2月末までに代表が内定した。本番まで5カ月、じっくりとピークをつくり、対外国選手一本に絞り込んで対策を練ることができるメリットがあり、導入には大賛成だった。ところが1年延期となれば、むしろデメリットとなり得る危険性をはらんでいると思う。
まず最初のデメリットは、内定から約1年5カ月もの長期間、研究対象としてさらされることにある。程度の差は多少あっても、世界から見れば日本選手は全員が金メダル候補。海外勢は必ず研究し、対策を講じてくる。柔道はあくまで対人競技。どんなに強い選手でも、1年5カ月もの期間、徹底的に研究されれば、丸裸にされてしまう危険性は高い。
内定で生まれる心の隙も指摘しておきたい。内定選手はそれぞれ高い意識を持っており、堕落することは考えられない。しかし人間はどうしても安定、安心できる状況に身を置くと、いつの間にか危機感が欠如し、気づかないうちに守りに入る。守りに入れば、成長は止まる。その状態で金メダルを獲れるほど、五輪は甘くない。
もちろん、このまま代表権を保持するメリットもある。故障を抱える選手が、より良い状態で五輪を迎えられる可能性は高い。例えば、昨年12月に右膝の半月板除去手術を受けた男子100キロ級のウルフ。練習再開後に膝が腫れることがあったが、しっかり完治させて仕上げることが可能となる。3年前に膝を故障した男子81キロ級の永瀬も同様。大きな故障を抱えている選手ほど、延期はプラスに働くだろう。
全柔連は代表内定を維持するか否かを決定していないが、以上のメリット、デメリットを勘案した上で、再選考の余地は残しておいた方が良いと考える。もちろん、横一線での再選考はあまりに乱暴で、現在の内定者に最大のアドバンテージを与えた上で、来年の2月に再選考するのが妥当だろう。内定選手の力が変わらず発揮できる状態が確認できれば、そのまま内定で良いと思うし、13人には緊張感が生まれる。あくまで国際大会が開催されればの話だが、現在2、3番手の選手に大きな勢いが生まれるケースや、内定選手が著しくパフォーマンスを低下させた場合の保険として、代表を変更する余地も残しておけるだろう。現在は異常事態である。異常な状況ほど臨機応変の対応、判断が求められることを提言しておきたい。
では、この状況で選手は何をすべきか?焦らず“頭の稽古”をして具体的プランを構築しておくべきと考える。16年リオ五輪女子70キロ級代表の田知本遥が好例だ。彼女は海外勢の映像研究を洗いざらい行い、相手も研究してくることまで想定して2歩先を行く対策に取り組んだ。結果、ノーシードから金メダル。頭の稽古は、「まず実践を旨とする」日本の柔道選手が敬遠しがちな分野だが、今だからこそじっくり取り組める分野だ。
海外勢を見渡すと、ジョージアは男子全階級で脅威が増すと考えている。近年の世界ジュニア(15~20歳)やカデ(15~17歳)の結果を見ると、あと1年で間違いなく伸びてくる。国内代表争いで消耗が激しかった韓国勢もリフレッシュした状態で出てくるだろう。そして五輪3連覇を狙う男子100キロ超級のリネール(フランス)にとっても延期はプラス。間違いなく仕上げてくる。海外勢の動向も見極めながら日本もこの延期をメリットとして生かせるよう、一丸となって精進してほしい。
《「丸山VS一二三」も互いにプラス》唯一代表が未決定の男子66キロ級は、丸山城志郎(26=ミキハウス)、阿部一二三(22=パーク24)ともに故障を抱えていただけに、五輪延期のメリットは大きい。当初は今月5日の全日本選抜体重別選手権が最終選考会となっていたが、2人の代表争いは非常に激しく、精神的にも消耗していたはず。一度心を休ませて、仕切り直しができるのは、互いにメリットが大きいと考える。
選考方法は秋以降に国際大会が再開された場合、同じ土俵に乗せて競わせるのが理想的であろう。例えば12月のグランドスラム(GS)東京大会と、来年2月の欧州の国際大会にそろって出場させてはどうか。一時はワンマッチ案も浮上したが、慌てて決めれば内定を維持した場合の13人同様、海外勢に研究され、五輪本番で厳しい戦いを強いられる。今冬以降も国際大会が再開されない場合のみ最後の選択肢としてワンマッチ選考を行うことが良いと思われる。
◆上水 研一朗(あげみず・けんいちろう)1974年(昭49)6月7日生まれ、熊本県出身の45歳。東海大相模―東海大―綜合警備保障。現役時代は95キロ超級で、東海大では3、4年時に団体の全日本学生優勝大会で優勝を経験。08年に東海大柔道部監督に就任し、同年から優勝大会で史上初の7連覇を達成。16年リオ五輪男子90キロ級金メダルのベイカー茉秋ら多くの五輪代表選手を育成した。
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