マラソン女子・鈴木亜由子 2度の骨折乗り越えた“復活の隠し味”は卵焼き

[ 2020年4月14日 09:30 ]

2020 THE STORY 飛躍の秘密

19年9月のMGCで2位、五輪代表権を獲得した鈴木亜由子
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 昨年9月に東京五輪マラソン女子代表を決め、名大卒の“秀才ランナー”として注目を集める鈴木亜由子(28=日本郵政グループ)。中学時代に全国大会2冠を達成するなど成功を約束されていた逸材は、高校時代に選手生命を脅かす2度の骨折で陸上界から一時姿を消した。空白期間には生涯の恩師ともいえる夏目輝久さん(71)と二人三脚で苦境を乗り越え、世界レベルの選手に成長する礎を築いた。その恩師が鈴木との復活ロードを振り返った。

 鈴木の実家からほど近い場所に、小学2年から通い続けた豊橋陸上競技場がある。東京五輪出場を決めた鈴木が若き日に練習していた“豊橋の聖地”は18年に改修工事が完了。現在は立派なスタジアムへと変貌を遂げ、五輪出場を夢見る子供たちが練習に明け暮れている。

 小学生時代から地元では有名だった鈴木。順風満帆な陸上人生を予感させたが、時習館高1、2年の2年間で右足舟状(しゅうじょう)骨を2度骨折。一転して絶望の淵に沈んだ。その鈴木を救ったのが、東三河陸上競技協会会長を務める夏目さんだった。鈴木の陸上人生に大きな影響を与えた恩師は「私が亜由子を助けたのではなく、元々彼女は強かったんです。誰が指導しても強くなります」と温和な表情で語った。

 鈴木が高校2年だった08年9月。すでに高校教員を退職していた夏目さんの元に、助けを求める電話があった。声の主は1年生の12月に1度目の手術をしていた鈴木の父・伸幸さんだった。「登録されていない電話で最初は切った。もう一度かかってきたので何事かと思った」。鈴木の実家を訪れた夏目さんは、部屋の床に体育座りしている鈴木を見て「覇気がなくて、生気もない。正直大丈夫かなと思った」と第一印象を振り返る。

 ◆「走らない」がスタート
 鈴木は骨折から復活し、2年時にインターハイに出場したものの1500メートル決勝で16人中15位と惨敗。それだけではなく、陸上部の顧問と強化方針についての齟齬(そご)もあり精神的に追い詰められていた。夏目さんは小中学校時代に鈴木が活躍する姿を知っていただけに衝撃は大きく「東三河の宝を腐らせてはいけない」と1対1で面倒を見ることを決めた。

 夏目さんの指導は「走らない」ことから始まった。愛知県豊川市内にある本宮山(標高789メートル)の登山から練習はスタート。下りは骨折した足首に負担が大きいため、上りのみ。頂上に着くと車で下山して、温泉施設の水風呂でアイシングするのが定番コースとなっていた。

 ともに歩き始めた直後の9月末。2度目の骨折が判明した。周囲は陸上引退も頭をよぎったというが、逆に鈴木は「インターハイに出たい」と決意を固め、同年11月に2度目の手術を行った。ゴルフ場でのランニングやジム、心肺機能を落とさないようにプールでのトレーニングなど地道なリハビリを夏目さんとともに乗り越え、3年のインターハイ3000メートルで8位入賞を果たした。

 ◆延期期間でケガ回復を
 教育者でもある夏目さんが選手の性格を把握する上で欠かせないのが「卵焼き」だという。ある日、自身が好物の刻んだネギ入りの卵焼きを作るよう鈴木に依頼。鈴木が練習に持参したのは、大きさがバラバラのネギが入ったスクランブルエッグのような卵焼きだった。

 夏目さんは料理の手際の良さを見たかったのではなく、台所に立ったことがあるのか、どういう育てられ方をしたのかなというところをチェックしていた。「卵焼きにはその子の内面や性格を見るという意図もあった。亜由子はやっぱり料理はしていなかった。貧血などが心配なので、食生活はできるだけ自分で気を付けてほしいという意識付けの意味もありました」。夏目さんの鋭い洞察力による指導により、鈴木はかつての強さを徐々によみがえらせていった。

 今年1月下旬。米国合宿を行っていた鈴木は右太腿裏の肉離れを起こした。正月に鈴木からLINEで「金メダルを目指す」と力強い言葉を受け取っていた夏目さんも一抹の不安を覚えたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で東京五輪が1年延期に。教え子の性格を熟知する恩師は延期をプラスに捉える。「回復する時間ができたので良かったと思う。しっかり治して、また距離を踏んでつくり直せば大丈夫」。鈴木を復活させた恩師が太鼓判を押した。

 《“F1少女”たった1度だけの悔し涙》鈴木が小学2年で豊橋陸上クラブに入部した当初から指導を続けている松山憲一さん(72)は、子供たちの練習を終え、ふっと一息つき「亜由子は怪物だったよね」と当時を振り返った。

 短距離選手を育てるのがメインのクラブ。その流れで鈴木も短距離と走り幅跳びに取り組んだが、松山さんは中・長距離で光るものを感じていた。「800メートルを走ると他の選手は2周目にペースが落ちるが、亜由子はそこから上がった。スピード感覚が違いました」

 “F1少女”とも呼ばれ、地元では負けなしだった鈴木が一度だけ泣いたことがあった。小学6年の全国小学生クロスカントリーリレーに3番手で出場。25人抜きを達成して4位入賞に貢献したが区間賞を獲得することができず悔し涙を流した。当時は手動計測が主流で鈴木があまりにも速すぎたため、計測員も見落としていたという。松山さんらが抗議した結果「同着の区間賞」が鈴木に贈られて事なきを得たが、松山さんは「泣いたのは初めて見た。物凄く負けず嫌いです」と笑う。

 同クラブのOB・OGには伊沢菜々花(28=ユニバーサル)、山本修平(28=トヨタ自動車)らがいるが、松山さんは「みんな良い選手だけど、亜由子が一番の出世頭だよね。MGCも行ったし、札幌も見に行きたいね」と目を細めた。

 ◆鈴木 亜由子(すずき・あゆこ)
 ☆生まれとサイズ 1991年(平3)10月8日生まれ、愛知県豊橋市出身の28歳。1メートル54、38キロ。
 ☆競技歴 小学2年から豊橋陸上クラブで始め、豊城中時代の05年全日本中学校大会で800、1500メートルの2冠。時習館高では09年インターハイ3000メートル8位入賞を果たした。
 ☆学歴 豊橋市内の進学校、県立時習館高から名大経済学部に現役合格。偏差値は62。卒業論文のテーマは「女性の社会進出と経済効果について」。
 ☆実家 豊橋市内にある鈴木米穀店は創業100年を超える老舗。父・伸幸さんで3代目。
 ☆主な実績 13年カザン・ユニバーシアード大会1万メートル金メダル。16年リオデジャネイロ五輪女子5000メートルは予選12位。初マラソンとなった18年北海道マラソンで優勝。MGCは2位で五輪代表に決定。
 ☆自己ベスト 1万メートルが31分18秒16、マラソンは2時間28分32秒。

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